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Ubud Style【ウブド・スタイル】
〈主な特徴〉
- 祭礼、魚釣り、行商、闘鶏などの日常生活を初めてモチーフに
- 骨格や筋肉を意識したよりリアルな人物描写
- 西洋の技法を取り入れ発展させた独自の遠近法
1920年代に西洋絵画の技法との融合を通して、バリ絵画の表現力は格段に向上しました。現在ある様々なスタイルの源流とも言えます。
1920年代、オランダの統治下にあったバリ島にはヨーロッパから大勢の観光客が押し寄せていました。グレゴール・クラウゼの写真集「バリ島」で“最期の楽園”と上半身裸の女性たちの写真がのイメージがもたらされ、オリエンタリズムが一気に広がったためです。ちょうどその頃のバリは、数年前に続いた自然災害によって、神々をおざなりにしたことに対する神の怒りだとする社会不安が人々を襲い、浄化のための行為としてバロンの練り歩きや舞踏などの伝統儀礼が見直されていた時期でした。これにオランダ政府の保護政策が加わったことで文芸復興活動の大きなうねりとなり、さらには外国人芸術家の来訪を通じて、西洋技法との出会いと融合が起こりました。これらは“バリ・ルネッサンス”と呼ばれ、現在のバリ絵画の様々のスタイルの原型はこの時期に作られたと言われるほど、バリ絵画史上、重要な意味を持っています。
【ドイツ人画家シュピースがもたらした遠近法】
さて、この時代にバリ絵画に最も影響を与えた外国人画家と言えば、ヴァルター・シュピース(ドイツ)とルドルフ・ボネ(オランダ)の名前が真っ先にあがるでしょう。彼らは西洋技法である遠近法、解剖法、陰影法などを持ち込み、それまで宗教的な物語のモチーフを画面いっぱいに描く平面的な構成だったバリ古典絵画に新たな息吹を吹き込みました。
風景画における遠近法で大きな影響を与えたのはシュピースです。彼は遠近法を用いて異なる時間、空間軸をひとつの絵の中に表現した幻想的な作品で、“シュピース・スタイル”と呼ばれる独自の様式を確立しましたが、その影響が如実に見てとれるのが写真の作品です。これは、シュピースの影響による技法により、ウブド・スタイルの絵画が作りあげられるプロセスを示すために、意図的に未完成状態にしてある作品です。以下の解説は「ネカ美術館〜バリによって霊感を与えられた絵画」を参考にしました。
制作のプロセスは、
① 構図がスケッチされた後、下絵が細部まで鉛筆で描き込まれる
② 墨による細線で輪郭が描かれる
③ 薄めた墨で明暗をつける
④ 薄めたアクリル絵の具で彩色する
⑤ 白いアクリル絵の具でハイライトをつける
この題材は典型的なバリ島の生活のひとこまで、王族の葬送儀礼に使われる高い塔と木彫りの牛の制作風景を中心に、魚釣り、川石の採取、行商、闘鶏、機織りなどの様子が描かれていますが、このように日常の生活を描いたことも、“ウブド・スタイル”の新しい特徴です。
【オランダ人画家ボネがもたらした解剖法】
これに対して、ボネは人物画に解剖法を紹介し、骨組みや筋肉の付き方など、よりリアルな人物描写の表現技法をもたらしました。写真の作品を見てください。人物の身体が丁寧に描かれ、男性のしなやかな筋肉、女性の丸みをおびたやわらかな質感が再現され、それまでの伝統技法から格段に表現力が向上しているのがわかります。