このサイトのコラムにも書かせていただいた通り、私はバリに3年以上片思いをした後、思い切って二週間の休暇を取って初めてバリを訪れました。その時、毎日日記をつけていたのですが、それを読むと、東京を出発して次第にバリに同化していく心の動きが手に取るようにわかります。その一部を皆様にも読んでいただきたいと思います。
2日目の9時20分というあたり、つくづく日本人だなあと苦笑してしまいました。

1日目

ジャカルタの空港に到着。デンパサール行きの乗り継ぎ便を待つ。
やはり暑い。日本から着てきたセーター、早く着替えないと、むっとした暑気にみるみる汗が噴き出してくる。 初めての土地で勝手がわからないため、空港職員と思しき人に質問すると、独特のアクセントの英語(Rが強い)で聞き取りにくい。しかし、みんな明るくて親切なことだけは伝わってきた。
これからの二週間、バリの美しい自然と人の温かさに身を任せてみよう。もがき続けたこの一年、今度こそ何かを掴んで帰りたい。

2日目

深夜着のフライトだったためベッドに入ったのは3時過ぎだったが、朝食を9時にお願いしていたため、8時半には起き、着替えをして待っていたのだが来ない。ようやく宿の主人(テギさん)が現れたのは9時20分。
「飲み物は何にしますか?」
この分では食事にありつけるのは10時か…。まあ、ここはバリなのだから、一旦日本の基準は忘れなくては。 今日は生活するのに必要なものを買い物しようと、テギさんのバイクの後ろに乗せてもらい、スーパーに行った。大きなスーパーはアメリカ式。建物はなんとなくあか抜けないけど。タオル2枚、ハミガキ、リステリン、シャンプー、リンス、ティッシュ、あとは軽くお腹に入れられるクロワッサン、即席めん、ヨーグルト、牛乳、ミネラルウォーター、コーヒー。これだけ買って2000円でおつりがきた。物価が安くて生活しやすそうだ。
帰る道々、せまい道路沿いを眺めていると、日本のようにあくせく働いている人はいない。何をするわけでもなく、座り込んでいる人々の前をバイクで通過すると、じっと見られる。

3日目

一日中部屋で読書をして過ごした。有吉佐和子の「悪女について」。ジグソーパズルをやっているときのように、パーツとパーツが繋がって次第に公子というヒロインの人間像が見えてくる。物語の展開がおもしろいのもあるが、ここはインターネットも繋がらない片田舎。日本にいたら色々な事に気を取られて、ここまで本に集中することはできなかったはずだ。
近くの寺院で祭礼があるそうで、夕方になると独特な調子のガムランの音色が聴こえて来た。私はいつもの生活から離れたかった。そうしなければ、自分がどんどんいやな人間になりそうだった。自分を誰一人知る人のいない国で、こうして外へも出かけず、一日部屋にいたとしても、それはそれでいいのだ。

4日目

手記_神話に出てきそうな雲

朝から雨。しとやかな雨が部屋から続く一面の緑の田園風景をやわらかく潤している。目の前の大地。そう、私はこうやって自然と繋がっていたかったのだ。
やがて雲の切れ目から青い空が見えたと思うと、どんどんとその面積を広げていく。
いつの間にか雨はやんでいた。
日が傾くと、日中の絡みつくような暑さは一気にどこかへ行ってしまう。草むらから虫の澄んだ鳴き声が聞こえてくる。気がつくと庭のあちらこちらに線香とともに色とりどりの花びらと供物がのせられたチャナンが手向けられていた。
バリではいたるところに神々が存在すると信じられている。

5日目

手記_擬人化された動物

今日はバリに来て初めて観光をした。宿から歩いて一時間のところにあるモンキーフォレスト。野生のサルが餌付けされ、のんびりと生息している。
素晴しいのは、至るところに設置された動物たちの彫刻。ユーモラスな表情と共にそれぞれがまるで個性を持っているかのように形作られている。長年の間にコケが生したものもあり、何とも味わい深い。

すぐ近くのレストラン・ラケレケでひとり昼食を取った。オフシーズンのせいか、私以外の客もお一人様ばかりで、オーストラリア人と思しき女性がのんびりと読書をしていた。目が合ってふっと微笑みを交わす。広い庭の中に、テーブルと寝椅子をしつらえた座席がまるで浮島のように点在している。すぐ横はハス池で、季節を過ぎたハスが乾いた果托を見せていた。

6日目

手記_ネカ美術館

ネカ美術館へ出かけた。バリの伝統絵画はとても緻密に描きこまれている。動物たちを描いた作品はとてもユニークだ。いずれも擬人化されており、バッタであろうと魚であろうと、ひとつひとつが個性を持って描かれている。
外国人画家の作品も目に付いた。バリの芳醇な土地に惹かれてやって来るアーティストも多いのだろう。オランダ人画家アリー・スミットの作品の色使いには心奪われた。

11日目

手記_庭の向こうにある田んぼ

昨夜雷を伴って激しく降った雨は今朝もまだしとしと残っていた。庭の向こうにある田んぼで野良仕事をしている人が滲んで見える。まだ若い夫婦のようだ。
バリでは一年に三度稲が実る。幾重にも連なった棚田に、白く光る田植期、緑がましい成長期、黄金に実った刈入期と成長段階の異なる稲が見られることも少なくない。
そうこうしているうちに雨は上がったようだ

13日目

手記_オリオン座

バリの星空の美しさに初めて気がついた。窓を開けるとしっとりと湿気を帯び、そして少しひんやりとした夜気に包まれる。
オリオン座が頭上に明るく輝いている。ふと日本のことを思い出した。しかし、虫の鳴き声に混ざって、どこからかガムランの音色が低く聞こえてくると、またすぐにバリに引き戻された。

出発の朝

手記_供え物を運ぶ女

バリは祈りと共に一日が始まる。神々は至るところに宿るとされ、女性たちは清めた供物を頭の上のお盆に乗せ、線香と共にあちこちに供えて歩く。部屋にある祭壇、家寺の祠、石像、そして地面にも。そして、目が合うと必ず微笑んでくれる。

田んぼでは早朝から農夫が働き、人間の営みが自然と調和し、共存している。
雨季は天気の変化が激しい。見る見るうちに厚い雲が垂れ込み激しいが降ったかと思うと、雲間から太陽の日差しが広がっていく。明るい緑色に広がる田園風景、その上を空が刻一刻とその表情を変えていく。
自然を前に自分は塵のような存在でしかない。ふと祈りの言葉が口をついて出てきた。