#002 Wiranata
ファンを惹きつけてやまない幻想的な光の風景には、10歳の時に亡くなった父への思慕の情が込められています。
「私たちはよく連れ立って田んぼに行き、父は棚田の風景をスケッチしていました。私は時折彼が描く絵を覗き込みながら、川で泳いだり、釣りをしたり、時には一緒にうなぎを穫ったりしたものです。そんな少年時代の経験から、私も自然に絵を描くようになり、バリの伝統的な農村生活と‘80年代の風景を取り上げた作品を手がけるようになりました」
父親との楽しい思い出は今なお渇れない泉のように、画家に新たなインスピレーションをもたらしています。
2014年7月29日、 ウィラナタ新作鑑賞会『光の風景』が始まったのは午後4時、偶然にもこの作品に描かれた風景と同じくらいの時間でした。ギャラリーの窓から入る光が時間と共に移ろうと、まるでこの絵の中でも日暮れが進行しているような錯覚を覚えました。
また、角度によって違った見え方をするのもウィラナタ作品の特徴です。例えば、この絵の主人公の若者(画家自身)になったつもりで牛を扱う父親の方を見ると、棚田から山の向こうへと抜けるような広がりが感じられ、逆に父親の方から息子を見ると、水田の水面が眩しく光って見えます。何ヶ月にも渡りひとつの作品に向き合うこだわりが見せる技。だからこそ、見る人をもまるでその風景の中にいるような気持ちにさせるのでしょう。
世界中の熱烈なコレクターが新作を待つ人気アーティストWIRANATA(ウィラナタ)。大きな作品の注文制作が多い上、この繊細さゆえに年間に描けるのはわずか数点。これまで100点に及ぶ作品を描いてきましたが、画家が手元に残した2点以外はすべて、国内はもちろんのこと国境を越えてファンのもとへと嫁いでいきました。絵画オークションなどの二次流通でも安定した価格で取引されており、本物にこだわりを持つ方に特におすすめしたい作家です。
作品の中で画家は若者の姿で描かれていますが、実際にウィラナタ氏と話をすると、まるで少年のような瞳にドキドキとさせられます。
‘70年バリ島カパール生まれ。高名な画家だった父と叔父、5人兄弟のうち4人がプロのアーティストとして活躍する画家ファミリーです。中でもすぐ下の弟ケパキサン氏とはアトリエを共有し、しばしば行動を共にする仲。2人とも釣りが大好きで、釣りのことを考え出すと居ても立っても居られなくなるほど。日没前に2人して食料を持って家を出ると、カランガセム湖でティラピアを夜通し釣ります。早朝に帰宅し眠り、夕方になるとまた出かけていくという生活を延々と繰り返していたら、ある日ついに家族から「頼むからやめてほしい」と懇願され、以来、この危ない趣味とは距離を置いているのだとか。ティラピアというのは鯛に似た淡泊な味の魚で、なかなか美味ですよ。
ウィラナタの作品はバリ絵画展『豊穣の大地』で実物をご覧になれます。