バリの古典絵画 その素朴なあじわい
こんにちは、坂本澄子です。
天井にいっぱいにギッシリと古典絵画が描かれた場所をご存知でしょうか。バリ島東部の古都クルンクンにあるスマラプラ宮殿です。イスラム勢力の侵攻から逃れてきたジャワの知識階級(王国の廷臣、僧侶、工芸師)がバリ島に渡来したのが16世紀。文学、影絵芝居、音楽、彫刻など様々な文化がもたらされ、現在のバリ島の文化の土台を形成しました。
そのスマラプラ宮殿で最も異彩を放っているのが、こちらクルタ・ゴサ。裁判所として1942年まで実際に使用されていた場所で、村のレベルでは解決できない問題や犯罪が持ち込まれました。当時使用された机や椅子がそのまま残されており、天井にはこの通り、いっぱいにかけられた絵画。首が痛いのをガマンしてしばらく見ていると、それが地獄絵であることがわかります。
さすが裁判所。悪いことをするとこうなるというのを絵で示しているというわけです。三途の橋を渡る人々、落ちれば下は火の川です。地獄の大釜で釜茹でにされる人。木の葉が剣になってきて、グサッ。地獄の様々な刑罰の場面がずらりと並んでいる割に、こわーいという感じにならないのは、その素朴なタッチのせいでしょうか。
続いては、少し優雅に行きましょうか。
同じ敷地内にあるバレ・カンバン。水の宮殿とも言われ、水に浮かぶように建てられた珍しい建築様式。王族の休憩所として建てられたこの場所は、暑さをしのぎつつ、池に咲く蓮の花を愛で、音楽に打ち興じていた雅やかな姿が眼に浮かぶようです。ここにもギッシリの天井画が飾られていますが、こちらはラーマーヤナー、マハーバーラタなどヒンドゥ神話の場面が描かれています。
ヒンドゥ教の三大神と言えば、プラフマ(世界の創造を司る神)、ウィシュヌ(世界の秩序を司る神)、シヴァ(終わりの日に世界の破壊と再生を司る神)と、それぞれに役割があり、中でも、10以上の化身を持って物語にも多く登場するウィシュヌは、バリの人々から敬愛され、絵画のモチーフとしてもよく取り上げられています。横向きの顔、平面的な人物描写が特徴ですが、それは、バリ絵画が影絵芝居を起源としているからなんです。
このように、バリの芸術は神々と人間界をつなぐものとして生まれ発展してきました。舞踊しかり、音楽しかり、彫刻、絵画などの装飾しかりです。絵画においては、描く題材はあらかじめ決まっており、描き手個人の個性を発揮するというよりは、職人としての技術的な面が重視されました。この古典的な描写を今に伝えているのが、カマサン・スタイルで、素朴な味わいがあります。
そのカマサン・スタイルから女流画家ムリアティが描いた『ラーマヤナー 魔王と戦う正義の猿軍団』をご紹介します。
『ラーマヤナー』はウィシュヌの化身であるラーマ王子が政変で国を追われ、鬼神にさらわれた妃シータを探して旅する物語。お供の猿王ハヌマンがサル軍団を率い、鬼神とその手下と大乱闘を繰り広げるシーンは、物語の中でも一番の見せ場。
画面中央の大男が鬼神ラワナ、羽交い締めにされているのがハヌマン、右上の人物がラーマ王子と弟のラクシュマナです。戦いの場面ですが、悲惨感はなく、どこか滑稽な感じさえするのは、先ほどの地獄絵に共通していますね。
バリ絵画ファンなら、一枚は持っていたい古典絵画。その素朴な味わいをお楽しみください。
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