バリアートショールーム オーナーブログ
2013.4.3

「バリ絵画に色彩を与えたオランダ人 アリー・スミット」

こんにちは、坂本澄子です。このところ全国的にお天気が悪く、また少し寒くなりました。風邪をひかれませんよう、お身体には十分気をつけて下さいね。

さて、今日から「バリ絵画に影響を与えた外国人たち」と題して新シリーズをお届けします。バリ伝統絵画はワヤン(影絵芝居)の芸能として16世紀頃に始まり、インド叙事詩やヒンドゥの神話など、芝居の物語をテーマに描かれました。やがてバリ古典絵画として少しずつ進化していきますが、いずれも画面いっぱいに細かく描き込まれた平面的な構図、墨や暗い色使いでの彩色が基本的な特徴としてあげられます。植民地時代を境にオランダ人を始めとする外国人がインドネシアを訪れるようになり、バリ絵画にも大きな影響を与えました。西洋の技法である遠近法や明るい色彩感覚がバリの古典技法に融合し、現在のバリ絵画の源流を形作っています。

アリー・スミット (ネカ美術館創設者の故ステジャ・ネカ氏と)

アリー・スミット
(ネカ美術館創設者の故ステジャ・ネカ氏と)

今回ご紹介するオランダ人画家アリー・スミットは、特に色彩という点でバリの画家に強い影響を与えました。1916年アムステルダムに生まれ、第一次世界大戦中に兵役に服し、オランダ領東インド(現在のインドネシア)に地理班のリトグラフ制作技師として滞在。侵攻して来た日本軍に捕らえられ、3年間捕虜としてシンガポールやタイ、ビルマで道路や橋の建設工事に従事するなどつらい時期を過ごしました。戦後は独立を宣言したインドネシアに戻り、ジャワ西部にあるバンドゥン工科大学でグラフィックとリトグラフィーの教鞭をとる傍ら、自らの芸術を追い求めます。バリ島に移住したのは10年後の1956年のことですが、そのわずか2ヶ月後にはこの島に永住することを決めています。バリ島内で何十もの場所に移り住んだ結果、安住の地として選んだのが、ウブドのプネスタナン村でした。ウブドには多くの画家たちが農作業をしながら制作に取り組み、ウブド王宮も外国人画家を積極的に保護していました。ここで地元の画家たちに西洋技法を教えながら、画材を与えて自由に描かせたのです。その結果、1960年代にこの地域を中心にバリの伝統もチーフを明るい色彩で描く「ヤング・アーティスト」と呼ばれる画家たちのグループが興り、一世を風靡することとなりました。

アリー・スミット「満月の儀式」ネカ美術館所蔵

アリー・スミット「満月の儀式」
ネカ美術館所蔵

スミット自身も独特な色使いでバリの風景を描いた作品を数多く残しており、バリ島ウブドのネカ美術館には彼の作品だけを展示したパビリオンがあります。実は私自身も彼の作品を初めて目にした時、その色使いにすっかり魅了されてしまいました。ウブドは街灯も信号もない村ですから、夜に外を歩く時は月明かりだけが頼りです。満月の夜に見た景色は確かに「満月の儀式」(写真)のようでした。あるいは、昼間の陽光のもとで見る風景は確かにこうだったと鮮やかに脳裏に甦ってくるのです。

「蘭」

アリー・スミット「蘭」
ネカ美術館所蔵

創造的で多作なスミットは見慣れた光景を新たな視点で見直そうと色々な試みをしました。例えば、彼の作品は印象派の鮮やかな光と色を彷彿させますが、印象派の画家が屋外で描き上げるのに対して、彼はその風景の現場で作品を描くことはせず、スケッチだけその場で行うと、後はアトリエに戻って作品を仕上げました。また、彼は色彩と構成の達人で、本質的な姿まで簡略化されたモチーフを繰り返し使用することにより独特のリズムを創り出すことに成功しています。私の好きな「蘭」(写真)を見ても、それはいかんなく発揮されています。やがて、生命の美と深淵なリズムを表わす独特の「崩れた色彩」の技法へと普遍化され、バリの人々や風景を描いた彼の作品に強い生命力を与えました。

こんなアリー・スミットに影響されたバリの画家たちはどんな作品を描いたのでしょうか。

ソキ「バリの村落」アルマ美術館所蔵

ソキ「バリの村落」
アルマ美術館所蔵

「ヤング・アーティスト・スタイル」で第一人者と言われる、イ・ニョマン・チャクラ 、イ・クトゥット・タゲン、イ・クトゥット・ソキらの作品を見ると、斬新な色使いを除けば、題材、スタイルのいずれにおいてもスミット自身の作品とは大きく異なっています。彼らに共通する特徴として、ヒンドゥ教の祭礼や農耕生活をモチーフにしている点、極彩色を用いながらも全体として統一感のある色使い、そして平面的な構図の中に多彩な物語性を持っている点などがあげられます。つまり、彼らはバリ伝統絵画の特徴を残しつつ、スミットの色彩感覚を取り入れたと言えます。彼らの作品はいずれもバリの主要美術館で見ることができますが、ここではこの「バリアートショールーム」でも作品を扱っている、ソキ氏の作品を紹介します。

ヒンドゥ教の宗教儀式はとても数が多く、バリ歴と呼ばれるカレンダーで司られています。ヤング・アーティストの作品には、これらの祭礼に欠かせない飾り傘、長くひるがえる旗、色とりどりのお供えなどが明るい色彩で描かれています。また、顔の表情を描かないことがありますが、これも簡略化を指向したこのスタイルの特徴。黒っぽい背景によって、色彩がより鮮やかに濃厚に表現されています。

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