バリアートショールーム オーナーブログ
2014.12.6

ウブド在住20年の日本人画家

こんにちは、坂本澄子です。

東京・柴又で個展を開催中の画家の吉川孝昭さんにお会いしてきました。

10月に夕刊フジの人気コラム「人生二毛作」の執筆者・大宮知信さんに取材をしていただいた際に、「バリで絵画と言えば…」と紹介してもらったのがきっかけで、個展におじゃましてきました。

今回のテーマは「寅さんが歩いた日本の風景」。あれ?寅さん…??? 

吉川さんが熱血中学教師の職を辞し、ご家族と共に新婚旅行の思い出の地バリ島に渡ったのは’91年のこと。ウブドの山の中に家を建て隠遁生活、孤独な環境に自らを追い込み、画家をめざしてひたすら絵を描き続ける日々だったそうです。ところが、堅い決心で行ったものの、ホームシックとスランプから一時は精神的にかなりツラい状態に。このとき、救ってくれたのが、寅さんの映画『男はつらいよ』のビデオだったそうです。むさぼるように観て、力をもらい、以来寅さんの大ファンに。その後、努力の甲斐あって絵も売れるようになり、5年前に帰国、憧れの柴又にアトリエを構え、全国各地で作品発表する日々を送っておられます。

ブログ182_吉川孝昭さん

画家の吉川孝昭さん。後ろは家鴨使いを描いた作品。

今回の絵画展は葛飾区の企画展のため、バリを描いた作品は3点ほどでしたが、家鴨使いを描いた『鴨の通る道』は、ウブドで見た風景を思わせ、心にぐっと迫るものがありました。

約2時間、時が経つのも忘れて、色んなお話を聞かせていただきました。

実は、バリ&絵の共通項から、何かご一緒にできないかと淡い下心を抱いていたんですよ。でもね、志が違う。自分の甘さにもうガツンという感じ(^o^;

100年後も残る絵を描きたい。

「この家鴨の絵は10年くらい前の作品で、写実的に描いていた頃のもの。でも、こんな感じの絵は他の画家にも描ける。自分にしか描けない絵、ひとめ見ただけで、吉川の絵だとわかるような絵、そうでないと、後世に残り続ける絵にはなり得ないと思うんです」

ブログ183_吉川さん展示会2

 

展示されていた最近の絵の多くは、写真のように、流れるように直感的に色を置いた水彩画や、叩き付けるような強いタッチで描かれた油彩画。バリをテーマにした作品の場合でも、同じように作風が変わってきているとか。

思わず、「何が描かれているんだろう」とじっと観ているうちに、色んなものに見えて来て、それがまたイメージをかきたててくれる、そんな絵ばかりです。

「半分は神様が与えてくれるもの、同じ絵をもう一回描けと言われたらムリですね(笑)

ブログ183_吉川さん展示会

 会場の寅さん記念館は葛飾区の施設。通常、個展ができるような場所ではない。吉川さんが寅さんを愛し、絵以外でも様々な形で寅さんに関わってきた熱意が認められ、区の企画展として実施、今回で4回目。

全国各地で開催している小さな個展も、寅さんつながりで実現したものがほとんど。好きなものをとことん追求し、人と人とのつながりを大切にしているからこそ、協力者が現れるのですね。

バリもそれは同じ。今は現地を訪れるのは年に数回、1〜2週間ずつですが、一度できた関係は、ヨシカワの依頼ならいい加減なことはできないと相手にちゃんと思わせてる。

ブログ183_吉川さん作品近年、のどかな村だったウブドにも開発の波が押しよせ、物価格差を利用して、老後を過ごす場所として訪れる人々、あるいは日本でうまくいかなくなり、現実から逃げるようにやってくる若者たちの姿を見かけることも少なくないそう。

「でも、どちらもよい滞在にはならないことが多い」

お金で人を動かして、一見日々の暮しが回っているように見えても、現地の人たちと人間関係を築いているのとは違う。また、仕事をする中で、約束を果たし、相手と信頼関係を築くといった、当たり前のことができなかった人がバリに来てもやはり結果は同じ。

私はバリにどこまで真摯に向き合えているだろうか。

20年近くウブドに根を下ろして実際に生活された吉川さんと比べたら、まだまだ青いけど、好きになった画家たちの描く絵、その背景にある人柄や考え方に共感し、応援したいと思った気持ちはこれからも大切にしていきたいと思いました。

「また会いたい」と思った人。バリが取り持ってくれた縁に感謝です!残念ながら、柴又での展示会は明日まで。次の展示会のご案内をいただいたら、ご紹介しますね。

<関連ページ>

吉川孝昭さんホームページ

夕刊フジ 大宮知信の『人生二毛作』

 

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