海の見える美術館から
こんにちは、坂本澄子です。
あるお客様から、「新築したご自宅のダイニングに飾る絵を探している」と、お問い合わせをいただきました。ご指名を受けたのはSOKIの『バリ島』。エネルギーいっぱいのこの作品、家族が集まるダイニングを明るく彩ってくれることでしょう。
サイズをどうするかを含めて、一度現物をご覧になりたいとのこと。ところが、「バリアートショールーム」はなにぶん小さな事業ですので、『バリ島』は在庫がなく。はたと困った末に、以前この作品を注文制作してくださったお客様に相談してみました。バリ絵画展にも何度かお貸し出しいただいたのですが、今回も「いいですよ」と二つ返事でOKしてくださり、お客様のご厚意に支えられて今があることに、感謝しました。
横須賀まで絵を取りに伺う途中、ちょっと寄り道して、神奈川県立近代美術館の葉山館に立ち寄りました。鎌倉にある本館、別館には行ったことがありますが、葉山館は初めて。ずっと気になっていたのです。
まずはレストラン「オランジュ・ブルー (Orange Blue)」で腹ごしらえ。最近、美術館付属のレストランが充実していて、これも美術館を訪ねる楽しみのひとつ。ここはお店の名前の通り、相模湾から外洋に続く青い海に沈む真っ赤な夕陽が楽しめる絶好のロケーションなのです。今度はぜひ夕暮れ時に来たいなあ。と思いつつ、ふとテラスに続くドアを見ると、「テラスは鳥害防止のためドリンクに限らせていただきます」とのこと。もしかしてカモメに襲撃されちゃうのかしら^o^;
さて、葉山館ではフィンランドを代表する女流画家「ヘレン・シャルフベックー魂のまなざし」展をやっていました。ヘレン・シャルフベックの作品を見るのは初めてでしたが、人物を描いた作品に素晴らしいものが多くあり、83年の生涯のその時々の心情が作品に色濃く反映されているのを感じました。
18歳の時に、歴史の場面を描いた『雪の中の負傷兵』がフィンランド芸術協会に買い取られ、奨学金を得てパリに留学。27歳のときには、『回復期』がパリ万博で銅メダルを得て、国際的な名声を得るなど、早くから画家としての才能を認められます。しかし、その一方で、つらいできごとの多い生涯でした。
3歳の時に階段から落ちたことから、一生脚が不自由に。21歳で知り合った英国人男性と恋仲になり婚約するものの、2年後、一方的に婚約を破棄され、ひどいショックを受けます。前述の『回復期』は、3年の時を経て、失恋の痛手からようやく立ち直った時期に描かれた作品だったのです。病気から回復しつつある子供の姿に、自らの心情を重ね合わせているのが痛いほど伝わってきました。
注文を受けて描いた肖像画はひとつもなく、40歳で病気療養のために転地したヘルシンキ郊外の小さな村でも、身近な人々をモデルにしつつ、モード雑誌から得た最先端のファッションを取り入れることで、独自のモダンなスタイルを確立していきました。
また、アートシーンから遠ざかったことで、かえって、パリ留学時代に得られたものが、画家の中で熟成され、新たなエッセンスとして作品に反映されています。写真の『お針子(働く女性)』は、ホイッスラーの影響がみられます。
50歳半ばを過ぎて、大きな出来事がありました。最大の理解者であった画家仲間のエイナル・ロイターへの恋です。しかし、19歳年下のロイターには、シャルフベックは尊敬する先生としか映っていなかったのかも知れません。若い女性と婚約したことを知ると、57歳のシャルフベックは絶望の淵に突き落とされます。
後期の作品は、死に向かう自分自身の内面を見つめ、ゆがんだ顔の自画像や朽ちて黒ずんだ果物など、残酷なほどにそのものの本質を描き出しています。亡くなる直前まで、療養ホテルの自室で鏡に映った自らを描き続けました。
まさに、画家として生き、画家として死んでいったひとりの女性。人生のつらいできごとも、絵を描くことを通じて、自分の内面を冷静にみつめる姿に、深い共感を覚えました。晩年になるほど、ある意味痛々しいほどの真実に満ちたまなざしに、さまざまな見方があると思いますが、生涯を通じて自分の描きたいものを描き通したことは、画家として恵まれた一生だったのではないかと思いました。
美術館の外に出ると、曇った空の下に灰青色の海が広がっていました。深く静かな余韻に、葉山の風景がしっかりと寄り添ってくれました。「ヘレン・シャルフベックー魂のまなざし」展、海の見えるこの美術館に巡回する前は、上野の東京藝大美術館でやっていたことを後から知りました。たまたま葉山に立ち寄ったその日に…。これもきっと巡り会いですね。
ところで、葉山館は世界でも珍しい、展示室から海が見える美術館と聞いていたのですが、残念ながら今回見た3つの展示室には窓はありませんでした。もうひとつある4つ目の展示室でしょうか。いずれにしても、またここに来る理由ができて嬉しい私です。