ウブドのいまむかし
こんにちは、坂本澄子です。バリとお隣のロンボク島で撮った写真を送っていただきました。向こうの写真を見ていつも思うことは、色彩の豊かさです。原色のパレットのような色のフルラインナップ。その色彩感覚の豊かさが、絵画の世界でもあの美しい色使いを生み出すのだなあと感じています。
さて、前回に続き今日も歴史のお話を。今日のバリの文化の原型はお隣のジャワから伝わったものです。14世紀、ジャワではマジャパヒト王国が全盛時代で、その傀儡政権であるゲルゲル王国がバリ全土を支配していました。その後、イスラム勢力の侵攻により、マジャパヒト王国が滅ぼされ、バリに逃れた王宮の廷臣、僧侶、工芸師など知識階級の人々によって古典文学、影絵芝居、音楽、彫刻など多くの文化がもたらされたのです。バリが古代ジャワ文化の継承者とも言われる所以です。
しかし、11世紀頃には既にバリ独自の王国や文化が存在していたのですよ。これがバリ最古のペジェン王国です。ゴア・ガジャ遺跡やイエ・プル遺跡など、ウブド近郊にその史跡を見ることができます。ウブドは古代バリの中心地だったということですね。
写真はゴア・カジェン遺跡。左写真の入り口を入ると、中は右写真のように洞窟になっていて、ここにはヒンドゥの三大神プラフマ(宇宙の創造を司る)、ウィシュヌ(宇宙の秩序を司る)、シワ(宇宙の終わりの日に破壊と再生を司る)を表すという三体のリンガ(男性のシンボル)が祀られています。
バリ、とりわけウブドでは、現在もバリ暦に従って祭礼中心の生活が営まれています。私が常宿にしているコテージのご主人テギさんも週に1〜2回はサルン(腰巻き)を巻いてお寺に行き、祭礼やその準備に携わっていました。仕事を度々休まなければならないので、ホテルやレストラン、タクシーなどバリの観光産業に従事しているのは地元の人ではなく、ジャワからの出稼ぎ労働者が多いのはこのためです。ウブドの人たちは農業に携わる人が多く、パンジャールと呼ばれる隣組の単位で、田植え、稲刈りなどを共同作業で行っています。バリの気候は温暖でお米は年に2〜3回とれるので、共同体での生活はまさに生活の基盤。絵画に描かれている農作業の風景や神様に恵みを感謝し供物を捧げる祭礼の様子は、現在進行形の姿なのです。
しかし…、そんなウブドにもここ数年で観光開発の波が押し寄せてきました。ウブドの中心部近くに住む画家ガルーさんのお宅も周囲の田んぼが次々に埋め立てされ、新しいヴィラが建っているとのこと。ちなみにガルーさんも隣に貸家を一軒立てたところ、マッサージ店がテナントとして入ったそうです。安くて質がいいと地元でも評判のお店の2号店で、1時間のオイルマッサージがなんと600円。ガルーさんもさっそく利用されたのかと思いきや、ご主人のしてくれるマッサージの方がいいんですって。あら〜、仲のよろしいこと。失礼しました〜。しかし、あの繊細な作風は目を酷使します。きっと首筋から肩にかけてコリコリでしょう。ご主人も画家です。ガルーさんがプロの画家になったのもご主人の勧めで女流作家ばかりの絵画展に出展したことがきっかけだと伺いましたが、今をときめく人気作家、色んなところにご主人のやさしいサポートがあるのですね^o^
とまあ、便利になるのはよいことですが、初めてバリを訪れた際に思い出させてもらった大切なこと、特に、自らを大自然の一部として素直に受け入れ、そこに宿る神々に感謝の祈りを欠かさないバリの人々の素朴な思いが失われないようにと切に願う今日この頃です。
<参考サイト>
★ガルー 繊細な筆遣いと色合いの幻想風景画
バリの暮らしがわかる絵画たち
★アリミニ 女性画家らしいちょっとかわいい作風
★ライ この細密さはスゴイ、細密画の代名詞クリキスタイルの作品
★ヌアダ ウブドの農村風景をポップな極彩色で