バリ絵画の遠近法
こんにちは、坂本澄子です。早いもので今日から6月。今年はとても早い梅雨入りでしたが、たまにカラッと晴れるとその分嬉しくなりますね。
さて、今回のウブド滞在中に改めて主要美術館を回ってみました。「バリアートショールーム」で扱っている作家の作品が美術館に展示されているのを見る度に、「おおお」と感動しては記念撮影。ちなみにバリの美術館ではフラッシュさえ使用しなければ個人で楽しむための撮影はOKです。
その時にちょっと発見がありました。風景画で用いられる遠近法についてです。シュピース・スタイルの作品など、遠近法を使って描かれた作品には独特の奥行きと空気感、そして幻想的な雰囲気を感じますよね。ネカ美術館の説明によると、バリ絵画の遠近法は西洋絵画の技法とは異なるのだそうです。前回に続き、ちょっとテクニカルなお話になりますが、作品を見る際に参考になると思いますので、しばらくおつきあい下さい。
普通、遠近法と言うと、この写真(Wikipediaから拝借しました)のように視点から遠ざかるに従って小さく描きますよね。ところがこの方法だと、強調したい物を手前に置かざるを得ないという構図上の制約が生じます。カマサン・スタイルを土台とするバリ伝統絵画では、絵巻物風に時間と空間を超越して描かれるため、遠大近小の構図も珍しくなく、西洋人画家たちが持ち込んだ遠近法とは相容れないものでした。
異なる時間軸と空間軸を一枚の絵に共存させたヴァルター・シュピース。彼の独特の構図などを研究しながら、この問題に対して、当時のウブドの画家たちはとてもユニークな解決策を見い出しました。ひとつは東洋古来の遠近法である「近くにある物をより下に、遠くにある物をより上に描く」というやり方。もうひとつが、遠いものほど輪郭や色のトーンをぼやかすことで遠近感を出す方法、これら2つの方法を融合して独自の遠近法を作り出していったのです。
このことを頭の片隅に置いてこの作品を見ていただけますか。「この絵は…」、そう、見覚えのある方も多いのでは。「バリアートショールーム」でも一番アクセスの多いガルー作「黄昏の静謐」です。私はこの作品をいつも真正面に立って見ていました。今一度、この作品の視点はどこにあるのだろうと考えた時、キャンバス左手前の家鴨使いの少年の背中をそのまま斜め手前にのばした位置にあると思い至ったのです。少年の背中越しに景色を見ると、全くと言っていい程、印象が違って見えました。これはぜひバリ絵画展で実物を見て確認していただきたいなと思います。この写真の角度です。
以前、ガルーさんとお話をした時、絵を描きながら、自分もこの風景の中にいるのだと言われていたことを思い出しました。きっとガルーさんはこの家鴨使いの少年に自身を投影していたのではないでしょうか。そんなことを思いながら作品を片付けようとしたとき、この発見が正しかったことがわかりました。キャンバスの裏面に画家自身の筆跡で「Pengembala itik (家鴨使い)」と書かれていたのです。こんな風に画家の視点がどこにあるかを少し意識するだけで、その作品の風景の中に自分自身も入って行けるなんて、ちょっとした小旅行気分になりませんか。
次回からバリ島の美術館案内をシリーズ掲載します。第一回はプリルキサン美術館です。お楽しみに。
バリ絵画の遠近法への2件のコメント
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なるほど、なるほど。絵を買う時に、眺める時の角度を考えて自宅のどこに掛けるかを思い巡らすのも楽しそうです。
ゆきさん、コメントありがとうございます。
自分の顔も「この角度から見て!」っていのがありますよね。(男性はあまりない?)
絵を見る時、受け手としてどう受け止めるかという観点と、画家はどんな意図を持ってこう描いたのだろうという視点の両側から見ると、新たな発見があるのではないかと思いました。