新作情報 – これぞバリの伝統絵画
こんにちは、坂本澄子です。毎日暑いですね。このところ、「バリアートショールーム」では風景画、花鳥画の話題で賑わっていましたが、久々にバリ伝統絵画らしい新作をご紹介します。
クリキ・スタイルの細密画の名手ライさん、久々の登場です。バリの細密画、実は男性にファンが多く、バリ絵画展でも足を止めて熱心に細部に見入っておられる姿が見られました。秋の絵画展に向け、新作を2点お願いしていたところ、一点が完成したとの連絡がありました!
これがその作品と正装で写真に収まってくれたライさんです。バリの農村の生活を描いた作品で、クリキ・スタイルに特徴的な細かな描き込みがなされています。遠景を見ると棚田が奥へと続いていますが、バリ島ではお米が年に2〜3回収穫できるため、田植えの時期は水利組合の水の供給時期によって決まり、同じ水系の田んぼでは田植えの時期をずらして、水を各田んぼに平等に供給できるようにしています。そのため、この作品でも、刈り取りを迎えた田んぼのすぐ横で田植えをしている姿が描かれています。ウブドでも機械化が進み、数は少なくなりましたが、今でも農作業に牛が現役で活躍しています。木に登って椰子の実を取る農夫の姿も見られますね。
余談ですが、あれだけ椰子の実がたくさんなっているので、頭の上に落ちて来て怪我をすることはないのかと地元のガイドさんに聞いたことがあります。道沿いに植えられていても、不思議とそういったことはないのだそう。ただし、子供の頃、椰子の林には入らない様にと親から厳しく言われたそうです。ちなみに、ホテルの庭などでは、念のため実が全部取ってありますね。
もう一点は子供のケチャダンス。こちらはまだ制作中で、下絵が終わったところです。バリ伝統絵画はこのように綿密に下絵を描きます。この後、墨で輪郭を取り陰影をつけて、その上からアクリル絵の具で着色していきます。完成までまだ先は長いですが、よい作品ができることを楽しみに待っていて下さいね。
ライさんの作品は「王家の火葬」を展示販売中です。王家の火葬の壮大さについては、以前ブログにも書いたのであわせてお読みいただければと思いますが、大勢の村の男たちがバデやランブーを担いで、火葬場に向かう様子が躍動感たっぷりに描かれていますよ。
画家紹介⑦ あなたをオンにする一枚〜ウィラナタ
こんにちは、坂本澄子です。今日は新しい画家をご紹介します。ウィラナタ(WIRANATA)、シュピース・スタイルの繊細かつ大胆な風景画を描き、姉のガルー(GALUH)と並んで、バリ絵画で今最も注目されている画家のひとりです。首都ジャカルタ、シンガポールなどから注文が引きも切らない状態。でも、日本びいきの彼は「日本人とバリ人は似てると思うよ」と快く注文を受けてくれました。
出会いはプリ・ルキサン美術館で見た一枚の絵でした(写真左)。ランタンの光に映し出された親子の様子が何とも温かくて、不思議な印象だったのを今でも覚えています。それがガルーさんの上の弟のウィラナタさんの作品だったとわかったのはそれから随分経ってからのことでした。プリ・ルキサン美術館にはもう一枚作品があります。ちなみに、ネカ美術館が所蔵している作品「村の風景」(写真右)はアリー・スミット氏の寄贈です。彼は画家であると同時に、バリ絵画に魅せられた熱心なコレクターでもあったのですね。
さて、そんなウィラナタさんに色々とお話を伺ってきました。
<画家になったきっかけ>
父が画家だったため子供の頃から身近に画材があり、7歳頃から本格的に描き始めたそうです。17歳の時に描いた作品が叔父のグラカカ(ヤング・アーティスト・スタイルの画家)を通じて初めて売れたのが、プロの画家として活動する最初のきっかけとなりました。とにかく風景画が好きで、シュピース・スタイルという枠にはまることなく、自分の作品を描いていきたいと抱負を語ってくれました。
<制作にあたってのインスピレーション>
棚田やチャンプアン(2つの川が合流する地点、バリでは精霊が宿ると信じられている特別な場所)など、作品の題材となる風景を見に行くこともありますが、子供の頃の情景を思い出して想像力をかき立てられることも多いそうです。特に、子供の頃に住んでいたウブドでの思い出は宝物。魚釣りをしたり、泳いだり、壁に落書きをしたり…、そう語る彼の目はまるで夢見る少年のようでした。
<画家として努力していること>
注文とは別に、新しい試みにチャレンジするための作品作りをしているそう。とは言え、超売れっ子画家のウィラナタさんは私が訪れた時も2点を同時進行で制作中。ここにもう一枚というのは正直かなりツライはずです。しかし、それを敢えてやることで、画家として自ら成長する機会を作りだしているのはスゴイと思いました。制作の新しい試み、写真がまさにその作品で、雨雲を新たに題材として取り上げました。納得が行くまで筆を入れて、素晴らしい作品に仕上がることでしょう。
プロの画家というのは好きなことをしているようで、実はそうでもありません。注文主から色々とリクエストされるとそれに応えるため、必ずしも自分の描きたいように描いているばかりではないとよく耳にします。しかも、売れっ子になると出来上がる端から出て行くため、ウィラナタさんの場合も手元に残っている作品はわずか2点。将来の夢は、この雨雲の作品のように自分の好きな絵を描きためて、いつか自分だけのギャラリーを作ることだそうです。
ウィラナタ作品の特徴は光と影のコントラスト。それが作品全体に心地よい緊張感を生み出し、特に朝の風景は気持ちがしゃんとするといいますか、とにかく「今日も頑張るぞ」モードになれるのです。まさにあなたの一日をオンにする一枚。今回できあがった作品はバリ絵画展「緑に抱かれる午後」に出品しますので、ぜひ原画を見に来て下さいね。
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バリ旅日記⑦ 艶かしくも美しい熱帯睡蓮
こんにちは、坂本澄子です。今日のウブドは朝曇り、お昼はちょっと晴れて、午後からまた一雨来そうなお天気です。乾季に向かう今の季節、ちょっと珍しい。御陰で快適に過ごせました。
睡蓮と言うと、夏の水辺を涼しく彩る花として、どちらかと言えば清楚なイメージですよね。ところが、熱帯睡蓮は茎が高く伸び、色も紫、青、濃い赤などとてもあでやか。ふとした瞬間、妖しい艶かしさすら感じます。そんな睡蓮のある光景を直感的な色彩で描く画家がいました。バリの画家たちの中でもひときわ異彩を放っています。
画家の名はガマ(I Wayan GAMA)。お腹の辺りをひと撫でしながらニンマリの風貌を見て、失礼にも吹き出してしまいました(ゴメンナサイ)。ちなみに、Wayan(ワヤン)は一番目の子という意味。二番目がMade, 三番目がNyoman, 四番目がKetur、五番目以降はまた最初に戻ります。Iは男性、女性ならNiです。つまり、「I(Ni) _ Wayan(Made/Nyoman/Ketur) _ 固有の名前」という命名法なのです。バリにはカースト制が残っており、この命名法は人口の大半を占める第四の層でのこと、他の層はまた別の名付けのルールがあるみたいです。だから、Wayanさんが多いのですね。
話を戻します。このガマ氏、気分が乗るとインスピレーションで筆を走らせるアーティスト。直感的に背景の色を決めると、熱帯の植物や鳥をやや様式化されたスタイルで描きます。背景は写真のように黒であったり、赤、白、青、時には金を使うことも。夜ライトアップされた水槽で泳ぐ魚たちを見ていると、一日の緊張が解きほぐされていく感じがしますが、この青い睡蓮もそれと似た静かな感覚を持ちました。まるで、絵の中に小さな世界があるみたいに。
7月のバリ絵画展「緑に抱かれる午後」では、ガマ氏の作品で、夏を連想する花のエッセンスを加えてみたいと考えています。緑とどんな風に調和させていくか楽しみです。
今回仕入れた作品は5月末までに「バリアートショールーム」の作品ページに公開します。ガマ氏の作品は四点ありますので、お楽しみに。
バリ旅日記⑥ 花鳥画の鬼才ラジックさんとの出会い
こんにちは、坂本澄子です。7月のバリ絵画展「緑に抱かれる午後」に出品する作品が決まり、今日は朝から仕入れのため再度画家さんを回ってきました。サイト掲載用に写真を撮ったり、額縁を相談したりと最高に楽しい時間。これを選ぶお客様はどんな方だろうと想像するだけでワクワクしてきます。
今回、衝撃的だったのは花鳥画家ラジックさん(I Made Rajig)との出会い。このサイトでも彼の作品を掲載していますが、2月に訪ねた時はタイミングが悪くご本人にはお会いできず、作品だけ見せてもらっていました。今回再びアトリエを訪ねると、とてもモダンな花の絵を制作中で、大きなキャンバスから幸せのオーラが漂ってくるほど。
さっそくお話を聞いてみました。
‘64ウブドのペネスタナン村の生まれ。父も祖父も画家、回りも画家ばかりという恵まれた環境の中、幼い頃から絵に興味を持ち、10歳から本格的に描き始めました。ちなみに、ウブドは犬も歩けば画家にあたるくらいの芸術村なので、それ自体は珍しいことではなく、ヤング・アーティスト・スタイル発祥のこの村において、ラジックさんも最初は極彩色の伝統絵画を描いていたそう。ところが、その後3回もスタイルを変えているのです。というのも、自分が描くだけでなく、人の絵を観るもの大好きで、機会あるごとに展示会に出掛けたり、画集を見たり、TVの美術番組を観たりと探究心旺盛。そんな長年の蓄積が肥やしとなって作品のアイデアが閃くようになり、いつしか作風も変化していったのだとか。バリの人たちは島の外へ出掛けることはほとんどありません。また、画家は自分と向き合う孤独な職業。同じスタイルや題材で絵を描き続ける画家が多い中、珍しい存在と言えます。
技法は下絵、陰影付けまでがバリ絵画の伝統的な手法を用い、彩色以降はグラデーションを多用するなど、コンテンポラリー・アートの技法を用いています。バリ伝統技法で典型的なのが竹筆(写真)。これは竹を様々な太さに削って自作したもので、鳥の目回りの細かな描き込みや、輪郭をシャープに描きたいときに活躍しています。作品イメージが閃いた後は、スケッチしながら構図を決めていきますが、一旦キャンバスに下絵を描き始めた後も試行錯誤を繰り返します。奥から取り出して来た別の大きなキャンバスには、鉛筆書きで下絵の苦労が滲み出ていました。「なかなか構図がまとまらなくて、もう5ヶ月もこのまま」と苦笑い。
今回私が仕入れた作品は4点。現在のモダンな作風に移行する前に描かれたものです。いずれもやわらかな印象の作品で、絵画展の“永遠の夏休み”のコンセプトにも合っていると直感し、ほとんど一目惚れでした。きっと様々なタイプのお部屋を明るく彩ってくれることでしょう。ラジックさんは日本画家の田中一村に強い影響を受けており、彼の作品に日本画のテイストを感じるのはそのせいかも知れません。
画家としての今後の目標は世界各地での個展。ラジックさんの作品はヨーロッパにもファンが多く、イタリアの美術評論家のヴィットリオ・スガルビー(Vittorio Sgarbi)氏もバリ絵画で最も優れた画家の一人と絶賛しています。いつか日本でも個展が開けるよう、私も応援していきたいと思います。
画家紹介番外編「バリ女性の美を追求する気鋭の新進画家 ボリ」
こんにちは、坂本澄子です。
あっと言う間に3月も残り2日となりました。お勤め先では年度末や四半期の締めでお忙しい一週間を過ごされた方も多いのではないでしょうか。3月はひとつの区切り、卒業、異動など別離の季節でもあります。何かが終わる時というのは淋しいものですが、見方を変えれば、新しい何かの始まり、新しい人との出会い、そして新たな自分の発見へのステップでもあります。私自身も人との出会いを通じて新たな道が拓けたことを幾度か経験しました。またいつかそんな話もさせて下さいね。
さて、今日は画家紹介の番外編です。先週が最終回のつもりだったのですが、この人を忘れてはいけないと思いました。モダン人物画では異色の新進画家ボリさん(Putu Antara BOLIT)です。実は4月の絵画展に先立ち、友人たちに内覧会と称して作品の品定めをしてもらいました。その時に何かと話題を集めたのが彼の作品「陽光の微笑」だったのです。写真の通り大きな作品ですので、ちょっと広めのリビング、あるいは店舗、オフィスの受付などに飾るとインパクトあるよねというのが、彼らの異口同音に発せられた感想でした。
バリに行かれた方は同じように感じられたと思いますが、雨期(10〜3月)には昼過ぎから強い雨が降り、乾季特に7〜8月には強い風が吹きます。そのためか、澄んだ空気を通して太陽の光に照らされると万物が原色の鮮やかさを放っています。マリリン・モンローを描いた版画で有名なアンディ・ウォーホルの作風に似た印象を持たれるかも知れませんが、そのタイトルの通り、光の中で幾つもの色彩がバリ女性の肌や舞踏衣装を美しく浮かび上がらせている様子は、まさにバリという土地ならではのもの。このシリーズは島内のリゾートホテルで採用されるなど、商業利用でも人気を集めています。
しかし、ボリさん、普段はさらにメッセージ性の強い作品を描いています。そのひとつがこれ「I am not confident without you」、ちょっと意味深なタイトルですが、YOUとは口紅のこと。バリの片田舎ウブドにも観光地開発の波が押し寄せています。欧米文化の流入によって濃いメイクやタトウに走るバリの女性たちに「君たちは自然なままで十分美しいんだよ」と訴えています。それが高く評価され、一昨年インドネシア国立ギャラリーで開催された「ヌサンタラ美術展2011~装飾のイメージ展」の入選作品に選ばれるなど、高い評価を受けています。
まだ25歳のボリさん、これからどんな作品を描いていくのか、楽しみです。
画家紹介⑥「情熱の熱帯花鳥画家 ラバ」
こんにちは、坂本澄子です。
東京ではここ数日で一気に桜が開花し、あっと言う間に春爛漫。皆さんの街ではいかがでしょうか。画家シリーズも今回が最終回、私が今までで一番元気をもらえた画家、ラバさん(LABA, I Dewa Nyoman)をご紹介します。
ラバさんはプンゴセカン・スタイルと呼ばれる熱帯花鳥画を代表する画家。1970年代に確立した、バリ絵画の中では比較的新しい様式ですが、深い緑を背景に原色の花や鳥獣を描くその色使いは、赤道近くに位置するバリならではの光の具合をよく表しています。
ラバさんの作品に出てくる動物たち、実を言いますと、私自身は最初あまり好きではなかったのです。「こんな動物いるわけない」という斜に構えた気持ちが先に立っていました。ところが、ラバさんの描く動物たちの魅力は目にあると言われ、実際の作品をよく見てみるとなるほど。幾つもの色を使った細い線で描き込まれており、それが動物たちに生命力と独特の個性を与えているのです。それからです、ファンになってしまったのは。
今年、ラバさんに初めてお会いしました。御年64歳、バリの画家としては高齢です。数年前、目の病気から失明の危機に。しかし、多くの人たちの支援で無事に手術を受け、再び絵筆を取る事ができました。当時目に不自由しながら描いた作品の中には、画家として満足の行かないものもあったようです。お会いした時、ちょうど奥のアトリエでそんな作品を手直ししているところでした。「もう年だから、やっぱり目がね」と言いながらも、素晴らしい作品にぐいぐいと引き込まれてしまいます。そして、何より表現者として制作において決して妥協しない姿勢には頭が下がる思いでした。
4月の展示会では、ラバさんの作品は3点展示します。この「カエルの親方」、私なら自宅の仕事机の横に飾ります。仕事でテンパった時にこのユーモラスな表情を見たら、肩肘張ってる自分が滑稽になって肩の力がスッと抜けることでしょう。また、凧揚げの思い出を描いた「子供の情景」もありそうで意外にない作品です。7〜8月はとても風が強く、凧揚げは冬のバリの風物詩。特に男の子にとって懐かしい記憶の一コマです。こんな風に、子供の頃の記憶に励まされることってよくありますよね。不思議と急に凛とした気持ちになるのです。どちらの作品もちょっと心が疲れた時に元気をもらえそうですね。
ラバさんは、私たち日本人にとってもどこか懐かしい素材をモチーフに独特の世界観と内面性を持って描き上げる名人。何度も色を塗り重ねた彼ならではの深い緑の色使いは、あなたの心の原風景を呼び覚ましてくれるかも知れません。
画家紹介⑤「バリ絵画に極彩色を持ち込んだ画家 ソキ」
こんにちは、坂本澄子です。一気に春爛漫、観測史上最早の桜開花とのこと。バリアートショールームもそんな春風に乗って、4月19〜21日に初めてのバリ絵画展「青い海を描かない作家たち」を開催します。このブログでご紹介している作家たちの原画を展示しますので、東京近郊にお住まいの方は是非覗いてみてくださいね。詳細は当ブログの号外をご覧ください。
さて今日はバリの伝統絵画に極彩色を取り入れたヤング・アーティスト・グループの草分けであるイ・ケトゥート・ソキさん(I Ketut SOKI)をご紹介します。
バリ絵画は影絵芝居に端を発する伝統的技法に西洋技法の影響が加わり、様々な進化を遂げてきました。オランダ人画家アリー・スミットも近代バリ絵画に大きな影響を与えた一人。バリのネカ美術館には彼の作品だけを展示したパビリオンがあり、その作品のほとんどを見ることができます。ウブドのプネスタナン村に定住し、地元の画家たちに絵画レッスンを施しながら西洋の画材を与えて自由に描かせました。それが、バリ伝統のモチーフを極彩色で描くヤング・アーティスト・スタイルへと発展していくのです。
ソキさんは彼の直弟子と聞き、さっそく会いに行きました。典型的なバリの民家の門をくぐると、中庭を見渡せる場所にアトリエがありました。壁には恩師とのツーショット写真が。奥のギャラリーには稲刈り、祭礼、闘鶏といったバリの伝統的なモチーフをポップな色使いで描いた作品が所狭しと並べられ、見ているだけで気持ちが明るくなってきます。
首都ジャカルタはもとよりホノルル、パリなど広く海外でも活動する国際的なアーティストですが、彼の住むプネスタナン村は元は貧しい農村。1960年代にヤング・アーティスト・グループとして脚光を浴びるやいなや、極彩色を用いた明るい作風に象徴されるように、バリで最も輝かしいサクセス・ストーリーとなりました。ロックバンド“THE BOOM”のアルバムジャケットを飾ったこともあり、日本にも多くのファンがいます。島内の主要美術館で作品が所蔵され、インドネシアを代表する画家として不動の地位を築いています。近年は後継者育成に力を入れており、弟子との共同制作によりソキ・ギャラリーとして作品を発表しています。
画家紹介④「バトゥアンを進化させた色彩とリズムの調律師 アリミニ」
こんにちは、坂本澄子です。本格的な春の訪れを感じる季節になりましたね。毎朝の犬の散歩コースは早咲きの桜が満開です。
さて、今日はバトゥアン・スタイルに新風を吹き込んだ女性画家アリミニ(AYU NATIH ARIMINI Ni Gusti)さんの紹介です。
バトゥアン・スタイルはバリ伝統絵画を代表する様式のひとつです。バトゥアン村に滞在した外国人は芸術家ではなかったため、西洋の影響をあまり受けず独自の発展を遂げました。このスタイルの画家たちは暗い色彩を用いてキャンバスいっぱいに細かくモチーフを描き込んだ作品を発表しています。アリミニさんは 8歳から画家の兄の手ほどきを受けて絵画の世界に 入り、女性ならではの感性を生かしたポップな色彩とリズミカルな動きを取り入れた作風で新しい流れを 作っています。その作品はバリの主要美術館で所蔵 されると共に国内外に多くのファンを持っています。
日本でも、1985年に開催された展覧会にウブドの女性芸術家協会の主要メンバーとして出品しています。また、漫画家のさくらももこさんとも著書「ももこの世界あっちこっちめぐり」(集英社刊)の取材を通じて交流があり、2005年には氏のデビュー20周年記念で合作リトグラフの制作にも参加するなど、日本との関わりも少なくありません。皆様方の中にもアリミニさんの作品を目にされた方は少なくないかも知れませんね。
アリミニさんはインド神話の登場人物(神)や村人たちの信仰生活を好んでモチーフに取り上げています。この「バリの生活」にもヒンドゥ教で最高神と言われるヴィシュヌを中心に村人たちの生活が生き生きと描かれています。ご覧の通り明るい色使いが特徴で、作品中央のヴィシュヌ神から湧き出た泉の水色と赤、ピンクで彩られた花が作品の中に配置された村人たちの様々な活動(田植え、祭礼、家畜の世話)へと見る人の視線を誘導し、軽快なリズム感を作り出しているのがわかります。
現在は出身のバトゥアン村を離れ、ウブド中心部から車で約一時間の郊外にあるご主人の郷里で創作活動に専念しています。ギャラリーやコレクターからの注文に応じつつ、マイペースで独自の世界を切り拓く毎日、芸術家として理想的な生き方ですよね。
画家紹介③「スローライフで磨かれた細密画の世界 ライ」
こんにちは、坂本澄子です。
バリの画家紹介も3回目となりました。今回はバリ絵画の伝統技法のひとつ、細密風景画のクリキ・スタイルと画家ライさんをご紹介します。
クリキ・スタイルという名は、この技法の発祥の地であり、今でも多くの画家を輩出しているクリキ村(Keliki)に由来しています。ウブド中心部から一時間ほど車を走らせたバリ島中央部の田園地帯にあり、今でも独特の風情が漂っています。その一軒を訪ねると画家ライさんの自宅アトリエがありました。
余談ですが、バリ島で画家さんを訪問するのに助かったことは、アポイントなしで伺っても大抵お会いできること。普段から遠くへ外出することは滅多になく、留守でも少し待っていれば、そのうち帰ってくるといった具合だからです。そんなゆっくりと時間が流れる中、クリキ村の画家たちは農作業の傍ら、じっくりと手間をかけ緻密な作品を仕上げていました。
元来、バリ伝統絵画の技法には遠近法はほとんどなく、画面いっぱいにバリの風物が描き込まれているのが一般的です。ライさんの作品もその性質を持ちながら、動きと躍動感に溢れる作風が特徴です。写真は王家の葬列、棺に納められた亡骸は村人たちによって、ウブド中心部の王宮から墓地まで運ばれる様子が描かれています。左にはバデ(Bade)と呼ばれる遺体を運ぶ塔、そして中央の木の左側には火葬をする際に棺が入れられる牛の形をしたランブー(Lembu)が見られ、こうして細部を見ているとその場の興奮が伝わってくるようです。
ところで、私も多少絵をたしなむ者として、このような細かい作品をどのようにして描いているのだろうと興味津々、特別にお願いして制作途中の作品を見せていただきました。まず、そのままでも作品として通用しそうなほど精密な下絵を作成した後、細い筆を使って作品全体に黒の絵の具で陰影を付けながら、水を含ませたもう一本の筆でぼかしていきます。乾いた後、その上から色を重ねます。気の遠くなるような細かな作業で、小さな作品でも1枚完成させるのに1~2ヶ月はかかるというのには納得感がありました。
ライさんはプリ・ルキサン美術館などバリ絵画を代表する美術館での企画展に数多く出展しており、最近では『Modern-Traditional Balinese Exhibition』(’12/10月), 『Bali Deep 2012 Exhibition』(’12/12月-’13/1月)に出品、その精緻な作品には国内外から高い評価が寄せられています。
画家紹介②「バリ写実人物画の旗手 アンタラ」
こんにちは、坂本澄子です。
初めてアンタラさんの自宅を訪ねた時、私の目は階段に沿って掛けられたいくつかの絵のひとつに釘付けになりました。朝の湖のほとりで祈りを捧げる司祭。その清々しさにまるで心洗われるようでした。湖面、遠景の大地、そして空、それぞれが違った表情の青で描かれ、雲間から差し込む朝の光にしばし厳かな気持ちになったのでした。それから、作品たちに誘われるように二階へ上がるとそこが彼のアトリエ。大きなキャンバスに向かって絵筆を取っているのが写実人物画家イ・ワヤン・バワ・アンタラさんその人でした。
それまでにも氏の作品は見ていましたが、いずれも画家の愛情に溢れる眼差しを通して瑞々しいタッチで描かれており、その人物の持つ崇高性が強く表現されているのを感じていました。バリの伝統文化をモチーフにした人物画を得意としています。子供の弾けるような笑顔だったり、舞踏が始まる前の緊張した表情だったり、あるいは母と子の優しい関係性であったりと、すべての作品が温かな愛情、楽しさに包まれています。それを表現するのに一役買っているのがバリ島の砂。これを絵の具に混ぜてキャンバスの下地を作り、独特の柔らかさを出しています。
最近の作品はシンガポールで行われた個展でほとんど売れてしまっていたため、作品集を見ながら、こんな感じでと伝えて出来上がった作品がこれです。イメージがぴったりな上に、途中経過を写真で送ってくれる画家はそれほど多くありません。注文を受けて肖像画を描くことも多いので、注文主とのコミュニケーションを大切にしているのでしょうね。38歳という実際の年齢よりも若く見えるのは、彼の持つ少年のような魂のせいかも知れません。
モダン画はバリ絵画の中では新しいジャンルですが、彼の作品はLARASATIなどの絵画専門オークションでも取引されており、今回セレクトした6人の中で私自身が最も期待している画家の一人です。