バリアートショールーム オーナーブログ
2013.6.1

バリ絵画の遠近法

こんにちは、坂本澄子です。早いもので今日から6月。今年はとても早い梅雨入りでしたが、たまにカラッと晴れるとその分嬉しくなりますね。

さて、今回のウブド滞在中に改めて主要美術館を回ってみました。「バリアートショールーム」で扱っている作家の作品が美術館に展示されているのを見る度に、「おおお」と感動しては記念撮影。ちなみにバリの美術館ではフラッシュさえ使用しなければ個人で楽しむための撮影はOKです。

その時にちょっと発見がありました。風景画で用いられる遠近法についてです。シュピース・スタイルの作品など、遠近法を使って描かれた作品には独特の奥行きと空気感、そして幻想的な雰囲気を感じますよね。ネカ美術館の説明によると、バリ絵画の遠近法は西洋絵画の技法とは異なるのだそうです。前回に続き、ちょっとテクニカルなお話になりますが、作品を見る際に参考になると思いますので、しばらくおつきあい下さい。

300px-One_point_perspective普通、遠近法と言うと、この写真(Wikipediaから拝借しました)のように視点から遠ざかるに従って小さく描きますよね。ところがこの方法だと、強調したい物を手前に置かざるを得ないという構図上の制約が生じます。カマサン・スタイルを土台とするバリ伝統絵画では、絵巻物風に時間と空間を超越して描かれるため、遠大近小の構図も珍しくなく、西洋人画家たちが持ち込んだ遠近法とは相容れないものでした。

異なる時間軸と空間軸を一枚の絵に共存させたヴァルター・シュピース。彼の独特の構図などを研究しながら、この問題に対して、当時のウブドの画家たちはとてもユニークな解決策を見い出しました。ひとつは東洋古来の遠近法である「近くにある物をより下に、遠くにある物をより上に描く」というやり方。もうひとつが、遠いものほど輪郭や色のトーンをぼやかすことで遠近感を出す方法、これら2つの方法を融合して独自の遠近法を作り出していったのです。

ガルー「黄昏の静謐」このことを頭の片隅に置いてこの作品を見ていただけますか。「この絵は…」、そう、見覚えのある方も多いのでは。「バリアートショールーム」でも一番アクセスの多いガルー作「黄昏の静謐」です。私はこの作品をいつも真正面に立って見ていました。今一度、この作品の視点はどこにあるのだろうと考えた時、キャンバス左手前の家鴨使いの少年の背中をそのまま斜め手前にのばした位置にあると思い至ったのです。少年の背中越しに景色を見ると、全くと言っていい程、印象が違って見えました。これはぜひバリ絵画展で実物を見て確認していただきたいなと思います。この写真の角度です。

ブログ31ガルー署名以前、ガルーさんとお話をした時、絵を描きながら、自分もこの風景の中にいるのだと言われていたことを思い出しました。きっとガルーさんはこの家鴨使いの少年に自身を投影していたのではないでしょうか。そんなことを思いながら作品を片付けようとしたとき、この発見が正しかったことがわかりました。キャンバスの裏面に画家自身の筆跡で「Pengembala itik (家鴨使い)」と書かれていたのです。こんな風に画家の視点がどこにあるかを少し意識するだけで、その作品の風景の中に自分自身も入って行けるなんて、ちょっとした小旅行気分になりませんか。

次回からバリ島の美術館案内をシリーズ掲載します。第一回はプリルキサン美術館です。お楽しみに。

2013.5.29

エベンさんのバリ絵画描き方講座

こんにちは、坂本澄子です。先週のバリも暑かったですが、日本も負けず劣らず蒸し暑くなってきました。近畿と東海地方では早くも今日梅雨入りしたようですね。

今回バリに行って嬉しかったのは花鳥画家のエベンさんと再会できたこと。エベンさんは私が初めてバリを訪れた時に、四日間絵の弟子入りをした人(詳しくはコラムをご覧下さい)。彼の作品が私をウブドに導いてくれたのですから、私にとってある意味、特別な画家さんなのです。そんな訳で、ちょっとお恥ずかしいのですが、絵を習ったときの模写を例に、バリ絵画の典型的な描き方をご紹介したいと思います。制作過程を知っていただくことで、バリ絵画をさらに身近に感じていただければ幸いです。

ブログ30制作プロセス

まず鉛筆で下絵をしっかり描きます。次に黒で陰影をつけます。この時、水をたっぷり含ませたもう一本の筆でぼかすように濃淡をつけるのがポイント。乾いたら、その上に色を重ねます。基本的には背景→手前の順番に塗り重ねていきます。バリ絵画では多くの場合、アクリル絵の具を使います。水彩絵の具と同じように水で溶いて簡単に使える上に、乾くと耐水性なので、作品の美しさを長く保つことができるのです。

ブログ30竹筆仕上げにバリ絵画に特徴的な竹筆が登場。作品に合わせて画家が自作するもので、この作品では、葉の輪郭や葉脈など強調したい箇所にシャープな線を描いたり、プルメリアやオウムのくちばしにハイライトを入れたりするのに使いました。これで絵にグッとメリハリがつきました。最後はエベンさんの作品の最大の特徴である野鳥の羽毛です。細い筆を使っておなかのふかふか感と翼のしなやかさを描き分けていきます。これで二羽のオウムがこの絵の主役になりました。完成〜。

この作品の原画と私の習作模写は今でも我が家に大事に飾ってあります。これを描いた時には、自分がバリ絵画を扱うようになるとは想像すらしていませんでした。思えば不思議な出会いです。これと前後してアートルキサンの木村さんとの出会いがあり、IT業界からバリ絵画という全く別の世界へ道が繋がってしまったのですから。私がこの年齢になってまったく違う世界に飛び込んだのを見て、以前の同僚は「意志あるところには道が拓けるね」と言ってくれました。次に会う時には「思い切ってやってみてよかったね」と言ってもらえるよう、さらに努力を重ねていきたいと思います。

久し振りにエベンさんを訪ねると、変わらぬ笑顔で迎えてくれました。少し前にお客様から「新築のリビングに飾る大きな絵」のご注文をいただき、制作をお願いした作品にかかっているところでした。4月の展示会でもエベン作品は人気が高かったので、7月のバリ絵画展「緑に抱かれる午後」も楽しみにしていて下さいね。

2013.5.8

バリ絵画を愉しむヒント③ 作品に見るバリの文化と風習

こんにちは、坂本澄子です。GWも終わり、昨日から仕事に戻られた方も多いことと思います。久しぶりに出社する日の前の晩はちょっと憂鬱でも、一日過ぎてしまえば不思議といつものペースに戻っているものです。今週もどうか頑張って下さいね。

GW中、私も嬉しいことがありました。3月にブログを先行して開始し、4月18日に全面公開した、この「バリアートショールーム」ヘの来訪者が1000人を超えました。いいね!やコメントをいただく度に励まされ、さらに内容を充実させていきたいと気持ちを新たにしています。それについては、また改めてお話させて下さい。

今日はシリーズ第三回、前回に引き続き、実際の作品を例にバリの文化と風習を見ていきたいと思います。今回はヤング・アーティスト・スタイルの第一人者、ソキさんの「実りの季節」を取り上げます。まず作品をじっくり見て下さい。これからお話することはどこ描かれているでしょうか。写真をヒントに見つけてみて下さいね。

ソキ「実りの季節」 アクリル/キャンバス

ソキ「実りの季節」
アクリル/キャンバス

日本語タイトルを「実りの季節」とつけましたが、実はこの作品には、①収穫期を迎えた田んぼだけでなく、田植えの水田、まだ実の若い青田も描かれています。バリ島では稲の三期作が行われているため、一つの絵の中に異なる成長段階の田んぼが混在することは珍しくありません。それだけ肥沃な土地なのです。そのため、バリの人たちは神や大いなる自然に対して祈りを欠かしません。

バリのヒンドゥ教には様々な神が存在します。宇宙の創造を司る神ブラフマー、宇宙の維持を司る神ウィシュヌ、宇宙の終わりに世界の破壊を司る神シヴァの三大神、そして女神たちもいます。これらはただ一人の神(唯一神)が別の現れ方をしたものとされています。農業に関係するのはデウィ・スリ。田んぼや稲の女神で、右手に聖水の入った壷を持った姿で描かれます。②バリで田園地帯を歩いていると、田んぼのところどころに灯籠のような形をした祠が見られますが(写真左)、これはデウィを祀ったもの。毎日の祈りと供物はもちろんのこと、収穫の季節には厚い感謝が捧げられます。③女性は供物などを頭の上に乗せて運びます。男性が肩に乗せて運ぶのと対象的ですが、バリの女性は働き者で、最近では建築現場で資材を頭の上で運ぶ強者女性の姿も見られます。

④農作業はバンジャールと呼ばれる自治組織での共同作業で行われ、稲穂の部分だけを刈り取っているのがわかります。また、以前に比べると減りましたが、⑤農作業には牛も使われます。それから、⑥田んぼでよく見かけるのが家鴨(写真中央)。家鴨飼いの少年に誘導され、田んぼを順番に回っていきます。虫を駆除するためですが、田んぼの持ち主から謝礼をもらうのではなく、家鴨飼いは家鴨の肉や卵を売って生計を立てているそうです。⑦時折、鷺の姿も見られます。青々と育った稲を白い鷺の群れが一斉に飛び立つ様は清々しく、そして壮観です。

⑧作中にはペンジョールと呼ばれる竹飾りが見られます(写真右)。これはヒンドゥ教のお祭り「ガルンガン(ウク暦の正月)」に祖先の霊を迎えるためのもので、各家の前に飾られます。弓状に先をしならせた長い竹の先に椰子の葉飾りがついていますが、先祖の霊が迷わず戻ってこれるようにするもの。日本の七夕飾りも元はお盆行事の一部として祖先の霊を迎えるために立てられたと言われ、意外に共通点のある日本とバリ、ちょっと興味深いですね。

以上、バリの風物のご紹介でした。皆さんはいくつ見つけられましたか?

風物詩写真

2013.5.4

バリ絵画を愉しむヒント② 作品に描かれるモチーフ

こんにちは、坂本澄子です。ゴールデンウィーク後半、いかがお過ごしですか?私は毎日美術館巡りをしており、昨日は上野の国立西洋美術館のラファエロ展へ行ってきました。ルネッサンスの三大巨匠と言われるラファエロ、わずか37年間の生涯のうちに様々な作品を残しています。教会の壁画や天井画など大型の注文を受けた時は、多くの弟子を抱える工房でそれぞれの力量に応じた仕事を割り振ったそうです。それによって弟子が育ち、彼の偉業が後世に伝えられることになったのですね。また、こうした教会内部を目にする機会がない当時の一般の人々のために、その素描画を元に銅版画を作らせ、広く売りさばいたとも言われています。ビジネスの才覚もあった人なのだとちょっと驚きました。

さて、バリ絵画を愉しむヒント、前回はバリの人々の思想、そこから来る文化や風習についてお話しましたが、今日はそれらが実際の作品の中でどのように描かれているかをご紹介します。作品は「バリ島物語」アリミニ作、バトゥアン・スタイル)を取り上げます。このサイト内でも原画を展示販売していますので、あわせて見て下さいね。

この作品はウィシュヌと村人たちの生活を描いたものです。ウィシュヌはヒンドゥ教の三大神の一人、インド神話「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」では化身として勇士となって活躍しており、バリの人たちに大変人気のある神様です。この作品「バリ島物語」の中でも慕われる神として中央部分に描かれ、そこから湧き出る泉が村人たちの生活を潤すという構図になっています。周辺部に描かれた村人たちの生活シーンは前回のブログでもご紹介したバリの風習が描かれています。以下にそれぞれを詳しくご説明しますね。ブログ15_作品解説

 次回も引き続き、作品の中にバリの風習・文化が描かれている例を見て行きたいと思います。作品はヤング・アーティストの草分けソキさんの「実りの季節」です。お楽しみに。

2013.5.1

バリ絵画を愉しむヒント① バリ人の精神生活

こんにちは、坂本澄子です。バリ絵画には様々なスタイルがあり、風景画や花鳥画のように日本人にも馴染みやすいものから、バリ人の信仰や風物、さらにその背景にあるヒンドゥ教の教えや神話の登場人物を知っていないと理解が難しいものまで多岐に渡ります。そこで、知っているとバリ絵画が面白くなる豆知識をシリーズでご紹介します。1回目はバリ人の精神生活。と言うとちょっと大げさですが、多くのバリ人、特にウブド周辺の村人に共通する価値観をご紹介します。

【神々の棲む島】

”精霊の通り道”を抜けると風情ただよう下町の風景に

バリは年に3回もお米が穫れるほど豊穣な大地、恵まれた自然環境にあります。そのため自然に対する畏敬の念が強く、毎朝夕、祈りと供物を欠かしません。彼らの信仰はヒンドゥ教と古来の土着信仰の融合体であり、精霊を敬う独特な考え方があります。よい精霊だけでなく悪霊もあり、供物(チャナン)を地面に捧げたり、闘鶏を行うのは悪霊を鎮める意味があるそう。精霊は渓谷や道の交わる場所に棲むとされていますが、自由に移動できるよう街の至る所に”精霊の通り道”と呼ばれる幅2〜3mくらいの細い道が作られています。そんな場所を通り過ぎる時には失礼しますとそっと呟くのだそう。

 【共同作業が基本の村の生活】

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穂の部分だけを刈り取る。稲刈りが終わった田んぼ。

昨年世界遺産に認定されたジャティルイの田園地帯。棚田の美しさもさることながら、1000年以上も続く伝統的な水利システム”スバック”(流水の分配という意味)が高く評価されたとのこと。このようにバリの人たちには何かを共有し共同で事に当たるという考え方があります。周囲との調和を重んじるところは、同じ島国の日本と似ているかも知れません。例えば、農作業はバンジャールと呼ばれる自治の最小単位での共同作業で行われます。トラクターの導入など一部機械化もされていますが、大半はまだ手作業。稲刈りもバンジャールの構成員総出で行い、穂先の部分だけを手で刈り取ります。

【バリ暦による祭礼中心の生活】

各家の門口に立てられた竹飾りペンジョール

各家の門口に立てられた竹飾りペンジョール

島民の95%がヒンドゥ教徒。210日で一回りするバリ暦に基づいて執り行われる祭礼を中心に、村人たちの生活が回っていると言っても過言ではありません。祭礼には様々なものがあり、夕暮れと共に伝統楽団ガムランの音色が低く聞こえてきます。特にクンニガン後の一ヶ月はオダランと呼ばれる寺院祭礼が集中しています。手をかけて準備した色とりどりの供物で寺院を埋め尽くし、僧侶が招かれ神々を召喚します。クンニガンは善が悪と戦って勝利したことを祝う行事、祖先の霊が各家に降り立つ日とされています。祖先の霊を迎えるために、各家の門口にペンジョールと呼ばれる竹飾りが立てられた村道の様子は壮観です。ちょっと日本のお盆に似ていますね。

次回は今日お話した祭礼や風物が絵画の中にどのように表現されているかをご紹介します。

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