「熱帯幻想風景を描いたドイツ人 ヴァルター・シュピース」
こんにちは、坂本澄子です。昨日バリから連絡があり、GALUHさん(シュピース・スタイル画家)の新作を絵画展に間に合うよう送ってくれるとのこと。ちょうどこの原稿を書いていた時だったので、とても嬉しい気持ちになりました。
前回ご紹介したアリー・スミットは戦後に活躍した画家ですが、シュピースと次回ご紹介するボネは1930年代のバリ・ルネッサンス期に活躍した芸術家です。特に、シュピースは画家として西洋絵画の技法を紹介しただけでなく、観光化によって廃れ行くバリ伝統芸能や儀礼、音楽の保護に私費を投じ、広くその芸術復興に寄与したことから「現代バリ芸術の父」と呼ばれています。
1895年モスクワ生まれ。ドイツ人外交官の息子としてロシア帝政の上流社会で育ち、1942年に日本軍の東インド侵攻によりセイロン島へ移送される途中で洋上に没するまでの47年間、激動の人生を送りました。第一次世界大戦中は敵国人としてウラルの抑留キャンプに収容され、そこで触れた遊牧民の素朴な生活やプリミティブ・アートに触発され、独特の人生観、芸術観が形成されていきます。そして1923年、“魂を持つ人々と暮らす”ため戦後の荒廃したヨーロッパを離れ、オランダ領東インド(現在のインドネシア)へと向かったのです。ウブド王宮の招きに応じてバリに移住したのは1927年のこと。彼の世界観についての説明は別の機会に譲るとして、今日は彼の作品の紹介に注力したいと思います。解説の一部は坂野徳隆さんの「バリ、夢の景色 ヴァルター・シュピース伝」(文遊社)から引用しました。シュピースの芸術活動やその背景にある精神生活を知る上で大変参考になりますので、ご関心があれば是非読んでみて下さいね。
シュピースの作品は「風景とその子供たち」に代表されるように、夢と現実が混在するような幻想的な作風が特徴です。後のシュピース・スタイルの原型は1927年の「夢の景色」に見ることができます。その名の通り、彼が見た予言的な夢の情景を絵にした作品です。二つの地平線を使い、異なる空間を一枚の絵に表現しています。この5年後に描かれた「鹿狩り」では上下に絡み合ったふたつの地平線を軸に、いくつもの異なる景色が描かれ、その技法はその後熱帯幻想絵画へと発展、定着していきます。それでは、シュピースは異なる時間、空間軸をどのように一枚の絵に表現していたのでしょうか。作品を例に見て行きたいと思います。
「村の通りの眺望」
中央の木が絵を左右に二分割し、さらに上下の地平線により四分割されています。左下に小屋の陰に腰を下ろす老人が描かれ、その右の柵の向こうに幻想的な斜光が奥行きを出す、見通しのきいた村の通りが伸び牛を後ろから急かす農夫の姿が見えます。その上の空間には、天秤棒に荷物を下げ、軽い足取りで反対方向へ向かう農夫。上下を分割すれば遠近がそれぞれ左右の場面で均衡していますが、上下は水と油のように反発しています。しかし、シュピースは彼が得意とする中間距離の木々の深い陰影を使ってその反発をうまく溶解し、一瞥しただけではその幻想的なコンポジションに気がつかないほど自然な風景画に仕上げています。
「朝日の中のイッサー」
後期作品。深い陰影、長く伸びる農夫や牛の影、蒼色に輝く黎明の棚田の風景を右手前の人物が見下ろす構図です。前期のように異なる地平線は見られませんが、右上からの斜光と椰子の葉の非連続性がさりげない幻想性を表しています。夢と現実の境目は曖昧で、それを判断しようとする観察者の意識は大抵斜光か陰影に吸い込まれ、気がつくと絵のランドスケープの中にいるのです。
シュピースは生涯あまり多くの作品を残していません。原画が失われ写真などで見られるものを含めてもせいぜい100点くらいと言われています。また作品のほとんどがバリ島外に点在しているため、バリの美術館でも彼の作品の原画を見ることはできませんでした。それだけに一層、その不思議な作風とともにミステリアスな存在感を持って迫ってきます。
「バリ絵画に色彩を与えたオランダ人 アリー・スミット」
こんにちは、坂本澄子です。このところ全国的にお天気が悪く、また少し寒くなりました。風邪をひかれませんよう、お身体には十分気をつけて下さいね。
さて、今日から「バリ絵画に影響を与えた外国人たち」と題して新シリーズをお届けします。バリ伝統絵画はワヤン(影絵芝居)の芸能として16世紀頃に始まり、インド叙事詩やヒンドゥの神話など、芝居の物語をテーマに描かれました。やがてバリ古典絵画として少しずつ進化していきますが、いずれも画面いっぱいに細かく描き込まれた平面的な構図、墨や暗い色使いでの彩色が基本的な特徴としてあげられます。植民地時代を境にオランダ人を始めとする外国人がインドネシアを訪れるようになり、バリ絵画にも大きな影響を与えました。西洋の技法である遠近法や明るい色彩感覚がバリの古典技法に融合し、現在のバリ絵画の源流を形作っています。
今回ご紹介するオランダ人画家アリー・スミットは、特に色彩という点でバリの画家に強い影響を与えました。1916年アムステルダムに生まれ、第一次世界大戦中に兵役に服し、オランダ領東インド(現在のインドネシア)に地理班のリトグラフ制作技師として滞在。侵攻して来た日本軍に捕らえられ、3年間捕虜としてシンガポールやタイ、ビルマで道路や橋の建設工事に従事するなどつらい時期を過ごしました。戦後は独立を宣言したインドネシアに戻り、ジャワ西部にあるバンドゥン工科大学でグラフィックとリトグラフィーの教鞭をとる傍ら、自らの芸術を追い求めます。バリ島に移住したのは10年後の1956年のことですが、そのわずか2ヶ月後にはこの島に永住することを決めています。バリ島内で何十もの場所に移り住んだ結果、安住の地として選んだのが、ウブドのプネスタナン村でした。ウブドには多くの画家たちが農作業をしながら制作に取り組み、ウブド王宮も外国人画家を積極的に保護していました。ここで地元の画家たちに西洋技法を教えながら、画材を与えて自由に描かせたのです。その結果、1960年代にこの地域を中心にバリの伝統もチーフを明るい色彩で描く「ヤング・アーティスト」と呼ばれる画家たちのグループが興り、一世を風靡することとなりました。
スミット自身も独特な色使いでバリの風景を描いた作品を数多く残しており、バリ島ウブドのネカ美術館には彼の作品だけを展示したパビリオンがあります。実は私自身も彼の作品を初めて目にした時、その色使いにすっかり魅了されてしまいました。ウブドは街灯も信号もない村ですから、夜に外を歩く時は月明かりだけが頼りです。満月の夜に見た景色は確かに「満月の儀式」(写真)のようでした。あるいは、昼間の陽光のもとで見る風景は確かにこうだったと鮮やかに脳裏に甦ってくるのです。
創造的で多作なスミットは見慣れた光景を新たな視点で見直そうと色々な試みをしました。例えば、彼の作品は印象派の鮮やかな光と色を彷彿させますが、印象派の画家が屋外で描き上げるのに対して、彼はその風景の現場で作品を描くことはせず、スケッチだけその場で行うと、後はアトリエに戻って作品を仕上げました。また、彼は色彩と構成の達人で、本質的な姿まで簡略化されたモチーフを繰り返し使用することにより独特のリズムを創り出すことに成功しています。私の好きな「蘭」(写真)を見ても、それはいかんなく発揮されています。やがて、生命の美と深淵なリズムを表わす独特の「崩れた色彩」の技法へと普遍化され、バリの人々や風景を描いた彼の作品に強い生命力を与えました。
こんなアリー・スミットに影響されたバリの画家たちはどんな作品を描いたのでしょうか。
「ヤング・アーティスト・スタイル」で第一人者と言われる、イ・ニョマン・チャクラ 、イ・クトゥット・タゲン、イ・クトゥット・ソキらの作品を見ると、斬新な色使いを除けば、題材、スタイルのいずれにおいてもスミット自身の作品とは大きく異なっています。彼らに共通する特徴として、ヒンドゥ教の祭礼や農耕生活をモチーフにしている点、極彩色を用いながらも全体として統一感のある色使い、そして平面的な構図の中に多彩な物語性を持っている点などがあげられます。つまり、彼らはバリ伝統絵画の特徴を残しつつ、スミットの色彩感覚を取り入れたと言えます。彼らの作品はいずれもバリの主要美術館で見ることができますが、ここではこの「バリアートショールーム」でも作品を扱っている、ソキ氏の作品を紹介します。
ヒンドゥ教の宗教儀式はとても数が多く、バリ歴と呼ばれるカレンダーで司られています。ヤング・アーティストの作品には、これらの祭礼に欠かせない飾り傘、長くひるがえる旗、色とりどりのお供えなどが明るい色彩で描かれています。また、顔の表情を描かないことがありますが、これも簡略化を指向したこのスタイルの特徴。黒っぽい背景によって、色彩がより鮮やかに濃厚に表現されています。
画家紹介番外編「バリ女性の美を追求する気鋭の新進画家 ボリ」
こんにちは、坂本澄子です。
あっと言う間に3月も残り2日となりました。お勤め先では年度末や四半期の締めでお忙しい一週間を過ごされた方も多いのではないでしょうか。3月はひとつの区切り、卒業、異動など別離の季節でもあります。何かが終わる時というのは淋しいものですが、見方を変えれば、新しい何かの始まり、新しい人との出会い、そして新たな自分の発見へのステップでもあります。私自身も人との出会いを通じて新たな道が拓けたことを幾度か経験しました。またいつかそんな話もさせて下さいね。
さて、今日は画家紹介の番外編です。先週が最終回のつもりだったのですが、この人を忘れてはいけないと思いました。モダン人物画では異色の新進画家ボリさん(Putu Antara BOLIT)です。実は4月の絵画展に先立ち、友人たちに内覧会と称して作品の品定めをしてもらいました。その時に何かと話題を集めたのが彼の作品「陽光の微笑」だったのです。写真の通り大きな作品ですので、ちょっと広めのリビング、あるいは店舗、オフィスの受付などに飾るとインパクトあるよねというのが、彼らの異口同音に発せられた感想でした。
バリに行かれた方は同じように感じられたと思いますが、雨期(10〜3月)には昼過ぎから強い雨が降り、乾季特に7〜8月には強い風が吹きます。そのためか、澄んだ空気を通して太陽の光に照らされると万物が原色の鮮やかさを放っています。マリリン・モンローを描いた版画で有名なアンディ・ウォーホルの作風に似た印象を持たれるかも知れませんが、そのタイトルの通り、光の中で幾つもの色彩がバリ女性の肌や舞踏衣装を美しく浮かび上がらせている様子は、まさにバリという土地ならではのもの。このシリーズは島内のリゾートホテルで採用されるなど、商業利用でも人気を集めています。
しかし、ボリさん、普段はさらにメッセージ性の強い作品を描いています。そのひとつがこれ「I am not confident without you」、ちょっと意味深なタイトルですが、YOUとは口紅のこと。バリの片田舎ウブドにも観光地開発の波が押し寄せています。欧米文化の流入によって濃いメイクやタトウに走るバリの女性たちに「君たちは自然なままで十分美しいんだよ」と訴えています。それが高く評価され、一昨年インドネシア国立ギャラリーで開催された「ヌサンタラ美術展2011~装飾のイメージ展」の入選作品に選ばれるなど、高い評価を受けています。
まだ25歳のボリさん、これからどんな作品を描いていくのか、楽しみです。
4月19-21日バリ絵画展「青い海を描かない作家たち」
こんにちは、坂本澄子です。
前回のブログでも見どころをお伝えしました通り、4月19〜21日@パレットギャラリー麻布十番にて、「青い海を描かない作家たち」と題してバリ絵画展を開催致します。このタイトル、私にとって深い思い入れがあります。詳しくは4月下旬公開(絵画展に合わせて19日に間に合うよう鋭意準備中)のコラム「ここに、あなたが知らないバリがある」に掲載します。どうぞ読んでみて下さいね。そして、絵画展に足を運んでくだされば幸いです。
【4月19-21日】原画でしかわからないバリ絵画展の見どころ
4月19日〜21日、東京のパレットギャラリー麻布十番にて、バリ絵画展「青い海を描かない作家たち」を開催します。近年、画像処理技術は格段に進歩していますが、それでも現物を見て初めて伝わることは意外に多く、私が原画にこだわる理由もここにあります。今日は、そんな表現者たちの制作意図と工夫をご紹介します。東京近郊にお住まいの方が中心になってしまいますこと、お許しくださいね。
GALUH「黄昏の静謐」
この作品を見て、水田への映り込みの方が実際の空よりも明るいことを初めて知りました。写真ではやや沈んだ印象を持たれるかも知れませんが、原画を前にすると周囲の落ち着いた色調がゆえに、手前の鏡のような静穏さが尚の事感じられるのです。暮れなずむ空を映して朱と藍が淡く滲み合う水面と家鴨たちのシルエットの対比は心憎いほど繊細な表現力。画家自身が「最も苦心し、最も気に入っている箇所」と称した場面です。同じシュピース・スタイルの画家である実弟クパキサン氏の作品も2点展示します。早朝と黄昏時の空気感の違いも見ていただきたいポイント。なお、展示会期間中に「黄昏の静謐」を購入(インターネットでのご注文も承ります)されたお客様にはGALUHさんからのプレゼントを用意しています。
ANTARA「Sweet Daydream〜夢見る頃」
先週仕上がったばかりの最新作。少女の淡い甘美な想いがキャンバスいっぱいに伝わり、幸せな空気に包み込まれるようです。バリの砂を絵の具に混ぜて下地を作るのがANTARA作品の特徴。きめ細かい砂の温かな質感は氏の創作テーマである”LOVE and JOY”とバリ女性の肌の色を表現するのに一役買っています。今回ANTARA氏の作品は本画2点、木炭スケッチ2点を展示します。スケッチも見どころのひとつ。州都デンパサールの美大に在学中、最優秀デッサン賞を受けたこともあるほどの腕前。その清新なタッチは人物の内面性までも描き出しています。期間中に本画作品を購入(インターネットでのご注文も承ります)されたお客様にはANTARAさんからのプレゼントをご用意。詳細は展示会初日に発表します。
LABA「若豹の憧憬」
深い緑の密林を背景に、つがいの文鳥を好奇心いっぱいの瞳で見つめる若い豹。LABA氏の描く動物は目に特徴があります。幾つもの色の細い線で描き込まれた瞳は瑞々しい生命力に溢れ、まるで人間のように個性を持って描かれています。画家自ら選んだバリ彫刻が施された額装も作品の一部として味わいを添えています。LABA氏の作品は今回3点を展示します。それぞれ異なるモチーフを扱いながらも作品に共通する独特の世界観“LABA’s WORLD”をお楽しみ下さい。
以下の作品写真はブログ「【号外】バリ絵画展 4月開催決定!」に掲載しています。併せてお読み下さいね。
ARIMINI「バリ島物語 」
画面いっぱいに描き込まれた各場面が全体としてひとつのテーマ(信仰と生活)を形成しています。神話の登場人物と村人の生活が描かれた作品は、ARIMINI氏の得意とするモチーフ。物語にあわせて見る人の視線が画面上を流れるように構図と色の配置に工夫がなされています。今回は作品2点を展示し、会場にはモチーフに関する理解を深めていただくための解説を用意しています。
SOKI「実りの季節」
バリの村人たちの生活が極彩色で描かれた楽しい作品。それぞれの場面の意味を理解できると、バリの文化や村人たちの生活、さらにはその背景にあるものまでも見えてきます。それも絵画の楽しみのひとつ。会場にはそんな仕掛けを用意しています。
RAI「牛飼いのレース」
バリの大地を思わせる茶を基調とした色合いの作品。よく見ると、微妙な色の違いや濃淡による描き込みによって、作品に奥行きと躍動感を与えているのがわかります。時間と手間を惜しみなく掛けて一枚の作品を仕上げる、農民画家RAIさんならではの丁寧な仕事ぶりをご覧下さい。
【バリ絵画展のご案内】
画家紹介⑥「情熱の熱帯花鳥画家 ラバ」
こんにちは、坂本澄子です。
東京ではここ数日で一気に桜が開花し、あっと言う間に春爛漫。皆さんの街ではいかがでしょうか。画家シリーズも今回が最終回、私が今までで一番元気をもらえた画家、ラバさん(LABA, I Dewa Nyoman)をご紹介します。
ラバさんはプンゴセカン・スタイルと呼ばれる熱帯花鳥画を代表する画家。1970年代に確立した、バリ絵画の中では比較的新しい様式ですが、深い緑を背景に原色の花や鳥獣を描くその色使いは、赤道近くに位置するバリならではの光の具合をよく表しています。
ラバさんの作品に出てくる動物たち、実を言いますと、私自身は最初あまり好きではなかったのです。「こんな動物いるわけない」という斜に構えた気持ちが先に立っていました。ところが、ラバさんの描く動物たちの魅力は目にあると言われ、実際の作品をよく見てみるとなるほど。幾つもの色を使った細い線で描き込まれており、それが動物たちに生命力と独特の個性を与えているのです。それからです、ファンになってしまったのは。
今年、ラバさんに初めてお会いしました。御年64歳、バリの画家としては高齢です。数年前、目の病気から失明の危機に。しかし、多くの人たちの支援で無事に手術を受け、再び絵筆を取る事ができました。当時目に不自由しながら描いた作品の中には、画家として満足の行かないものもあったようです。お会いした時、ちょうど奥のアトリエでそんな作品を手直ししているところでした。「もう年だから、やっぱり目がね」と言いながらも、素晴らしい作品にぐいぐいと引き込まれてしまいます。そして、何より表現者として制作において決して妥協しない姿勢には頭が下がる思いでした。
4月の展示会では、ラバさんの作品は3点展示します。この「カエルの親方」、私なら自宅の仕事机の横に飾ります。仕事でテンパった時にこのユーモラスな表情を見たら、肩肘張ってる自分が滑稽になって肩の力がスッと抜けることでしょう。また、凧揚げの思い出を描いた「子供の情景」もありそうで意外にない作品です。7〜8月はとても風が強く、凧揚げは冬のバリの風物詩。特に男の子にとって懐かしい記憶の一コマです。こんな風に、子供の頃の記憶に励まされることってよくありますよね。不思議と急に凛とした気持ちになるのです。どちらの作品もちょっと心が疲れた時に元気をもらえそうですね。
ラバさんは、私たち日本人にとってもどこか懐かしい素材をモチーフに独特の世界観と内面性を持って描き上げる名人。何度も色を塗り重ねた彼ならではの深い緑の色使いは、あなたの心の原風景を呼び覚ましてくれるかも知れません。
画家紹介⑤「バリ絵画に極彩色を持ち込んだ画家 ソキ」
こんにちは、坂本澄子です。一気に春爛漫、観測史上最早の桜開花とのこと。バリアートショールームもそんな春風に乗って、4月19〜21日に初めてのバリ絵画展「青い海を描かない作家たち」を開催します。このブログでご紹介している作家たちの原画を展示しますので、東京近郊にお住まいの方は是非覗いてみてくださいね。詳細は当ブログの号外をご覧ください。
さて今日はバリの伝統絵画に極彩色を取り入れたヤング・アーティスト・グループの草分けであるイ・ケトゥート・ソキさん(I Ketut SOKI)をご紹介します。
バリ絵画は影絵芝居に端を発する伝統的技法に西洋技法の影響が加わり、様々な進化を遂げてきました。オランダ人画家アリー・スミットも近代バリ絵画に大きな影響を与えた一人。バリのネカ美術館には彼の作品だけを展示したパビリオンがあり、その作品のほとんどを見ることができます。ウブドのプネスタナン村に定住し、地元の画家たちに絵画レッスンを施しながら西洋の画材を与えて自由に描かせました。それが、バリ伝統のモチーフを極彩色で描くヤング・アーティスト・スタイルへと発展していくのです。
ソキさんは彼の直弟子と聞き、さっそく会いに行きました。典型的なバリの民家の門をくぐると、中庭を見渡せる場所にアトリエがありました。壁には恩師とのツーショット写真が。奥のギャラリーには稲刈り、祭礼、闘鶏といったバリの伝統的なモチーフをポップな色使いで描いた作品が所狭しと並べられ、見ているだけで気持ちが明るくなってきます。
首都ジャカルタはもとよりホノルル、パリなど広く海外でも活動する国際的なアーティストですが、彼の住むプネスタナン村は元は貧しい農村。1960年代にヤング・アーティスト・グループとして脚光を浴びるやいなや、極彩色を用いた明るい作風に象徴されるように、バリで最も輝かしいサクセス・ストーリーとなりました。ロックバンド“THE BOOM”のアルバムジャケットを飾ったこともあり、日本にも多くのファンがいます。島内の主要美術館で作品が所蔵され、インドネシアを代表する画家として不動の地位を築いています。近年は後継者育成に力を入れており、弟子との共同制作によりソキ・ギャラリーとして作品を発表しています。
画家紹介④「バトゥアンを進化させた色彩とリズムの調律師 アリミニ」
こんにちは、坂本澄子です。本格的な春の訪れを感じる季節になりましたね。毎朝の犬の散歩コースは早咲きの桜が満開です。
さて、今日はバトゥアン・スタイルに新風を吹き込んだ女性画家アリミニ(AYU NATIH ARIMINI Ni Gusti)さんの紹介です。
バトゥアン・スタイルはバリ伝統絵画を代表する様式のひとつです。バトゥアン村に滞在した外国人は芸術家ではなかったため、西洋の影響をあまり受けず独自の発展を遂げました。このスタイルの画家たちは暗い色彩を用いてキャンバスいっぱいに細かくモチーフを描き込んだ作品を発表しています。アリミニさんは 8歳から画家の兄の手ほどきを受けて絵画の世界に 入り、女性ならではの感性を生かしたポップな色彩とリズミカルな動きを取り入れた作風で新しい流れを 作っています。その作品はバリの主要美術館で所蔵 されると共に国内外に多くのファンを持っています。
日本でも、1985年に開催された展覧会にウブドの女性芸術家協会の主要メンバーとして出品しています。また、漫画家のさくらももこさんとも著書「ももこの世界あっちこっちめぐり」(集英社刊)の取材を通じて交流があり、2005年には氏のデビュー20周年記念で合作リトグラフの制作にも参加するなど、日本との関わりも少なくありません。皆様方の中にもアリミニさんの作品を目にされた方は少なくないかも知れませんね。
アリミニさんはインド神話の登場人物(神)や村人たちの信仰生活を好んでモチーフに取り上げています。この「バリの生活」にもヒンドゥ教で最高神と言われるヴィシュヌを中心に村人たちの生活が生き生きと描かれています。ご覧の通り明るい色使いが特徴で、作品中央のヴィシュヌ神から湧き出た泉の水色と赤、ピンクで彩られた花が作品の中に配置された村人たちの様々な活動(田植え、祭礼、家畜の世話)へと見る人の視線を誘導し、軽快なリズム感を作り出しているのがわかります。
現在は出身のバトゥアン村を離れ、ウブド中心部から車で約一時間の郊外にあるご主人の郷里で創作活動に専念しています。ギャラリーやコレクターからの注文に応じつつ、マイペースで独自の世界を切り拓く毎日、芸術家として理想的な生き方ですよね。
画家紹介③「スローライフで磨かれた細密画の世界 ライ」
こんにちは、坂本澄子です。
バリの画家紹介も3回目となりました。今回はバリ絵画の伝統技法のひとつ、細密風景画のクリキ・スタイルと画家ライさんをご紹介します。
クリキ・スタイルという名は、この技法の発祥の地であり、今でも多くの画家を輩出しているクリキ村(Keliki)に由来しています。ウブド中心部から一時間ほど車を走らせたバリ島中央部の田園地帯にあり、今でも独特の風情が漂っています。その一軒を訪ねると画家ライさんの自宅アトリエがありました。
余談ですが、バリ島で画家さんを訪問するのに助かったことは、アポイントなしで伺っても大抵お会いできること。普段から遠くへ外出することは滅多になく、留守でも少し待っていれば、そのうち帰ってくるといった具合だからです。そんなゆっくりと時間が流れる中、クリキ村の画家たちは農作業の傍ら、じっくりと手間をかけ緻密な作品を仕上げていました。
元来、バリ伝統絵画の技法には遠近法はほとんどなく、画面いっぱいにバリの風物が描き込まれているのが一般的です。ライさんの作品もその性質を持ちながら、動きと躍動感に溢れる作風が特徴です。写真は王家の葬列、棺に納められた亡骸は村人たちによって、ウブド中心部の王宮から墓地まで運ばれる様子が描かれています。左にはバデ(Bade)と呼ばれる遺体を運ぶ塔、そして中央の木の左側には火葬をする際に棺が入れられる牛の形をしたランブー(Lembu)が見られ、こうして細部を見ているとその場の興奮が伝わってくるようです。
ところで、私も多少絵をたしなむ者として、このような細かい作品をどのようにして描いているのだろうと興味津々、特別にお願いして制作途中の作品を見せていただきました。まず、そのままでも作品として通用しそうなほど精密な下絵を作成した後、細い筆を使って作品全体に黒の絵の具で陰影を付けながら、水を含ませたもう一本の筆でぼかしていきます。乾いた後、その上から色を重ねます。気の遠くなるような細かな作業で、小さな作品でも1枚完成させるのに1~2ヶ月はかかるというのには納得感がありました。
ライさんはプリ・ルキサン美術館などバリ絵画を代表する美術館での企画展に数多く出展しており、最近では『Modern-Traditional Balinese Exhibition』(’12/10月), 『Bali Deep 2012 Exhibition』(’12/12月-’13/1月)に出品、その精緻な作品には国内外から高い評価が寄せられています。
【号外】バリ絵画展 4月開催決定!
※7月も開催します。詳しくはこちらから
こんにちは、坂本澄子です。先月バリで買い付けした作品が昨日届きました。現地のビジネスパートナーから「今晩のガルーダに乗りますから、明朝には日本に着きますよ」と連絡があった時から、私のテンションは上がりっ放し。画家さんたちを直接訪ねて買ってきたものばかりですから、思い入れは半端ではありません。これらの作品を一刻も早く見ていただきたいと思い、当初の予定を繰り上げ、4月に絵画展を開催します。 バリ絵画にはいくつかのスタイルがありますが、その中から6つを選び、それぞれを代表する画家の作品を中心に約30点を展示販売する予定です。
1)プンゴセカン・スタイル(熱帯花鳥画)
深い緑の中に配置された原色の花や鳥、あるいは擬人化されたユーモラスな動物たちの姿に心がふっと軽くなるのを感じます。ラバ氏の作品を中心に今回の展示会で最も多くの作品を展示します。ラバ氏はバリのアルマ美術館が作品を所蔵する、プンゴセカンを代表する画家のひとりです。
2)シュピース・スタイル(幻想風景画) バリに移住したドイツ人画家ヴァルター・シュピースに影響された画家たちが描く熱帯風景画です。どこか懐かしい風景が幻想的なタッチで描かれています。非日常の世界へタイムトリップする感覚を味わって下さい。インドネシアを代表する女性画家ガルー氏(当ブログの画家紹介①をご覧下さい)と弟ケパキサン氏の作品を展示します。
3)バトゥアン・スタイル 西洋の影響を受けなかったバリの伝統技法です。遠近感がほとんどなく、画面いっぱいに描き込まれたモチーフが特徴。元来は暗い色を使いますが、明るい色調とリズムで新たな流れを作ったアリミニ氏の作品を展示します。アリミニ氏はガルー氏と並んでインドネシアを代表する女性画家で、作品はプリ・ルキサン美術館、アルマ美術館に所蔵されています。さくらももこ氏の著書「ももこの世界あっちこっちめぐり」(集英社刊)で取り上げられ、氏のデビュー20周年には合作の記念リトグラフが販売されました。今回はそのアリミニ氏の原画をご紹介します。
4)クリキ・スタイル(細密風景画) モチーフを画面いっぱいに描き込むバリ絵画の伝統手法をさらに緻密にしたスタイルで、クリキ村から発祥、現在も多くの画家が活動しているところから、その名がつけられています。田園地帯のスローライフの中で、何ヶ月もかけ完成させた作品はまさに芸術。プリ・ルキサン美術館の企画展で活躍中のライ氏の作品を展示します。
5)ヤング・アーティスト・スタイル オランダ人画家アリー・スミットの弟子たちによる極彩色を用いた風景画です。稲刈り、闘鶏、祭礼などバリの伝統的なモチーフを描き込んだポップな作風は見る人の気持ちを明るくしてくれます。ソキ・ギャラリーの作品を中心に展示します。ソキ氏はアリー・スミットの直弟子で、このスタイルの草分け的存在です。作品はプリ・ルキサン美術館、アルマ美術館で所蔵されています。 6)モダン人物画 バリ絵画では新しいジャンルで、若手画家が独創性のある作品を発表しています。バリの伝統画法とは異なる魅力を感じられることでしょう。今回は写実人物画のアンタラ氏(当ブログの画家紹介②をご覧下さい)とポップな表現技法を用いてバリ女性の美しさをメッセージするボリ氏の作品を取り上げます。南国バリらしい色彩感覚やモチーフを織り込んだ作品です。 いずれの作品からも、原画ならではの画家の息づかいや思いが伝わってきます。是非、この機会にバリ絵画の魅力に触れていただければ幸いです。