日本のお盆とバリ島のガルンガンの共通点
こんにちは、坂本澄子です。
今週はお盆休みで帰省をされる方も多いでしょうね。
私の郷里、広島では、お盆になるとお墓に灯籠を立てる習慣があるんです。竹を縦に6つに割って朝顔型に広げ、そこに赤・青・黄などの鮮やかな色紙を貼って作られたもので、お墓参りに訪れた人がそれぞれお墓の周りに立てていくため、写真の通りとても賑やかに。初盆のときだけ、白い灯籠をたてます。この風習、江戸時代から始まったものらしく、由来については諸説ありますが、先祖の霊をお迎えする目印の役割を果たしているのかも知れません。
バリ島のガルンガンも、先祖の霊が家族の元に帰ってくるとされ、家の前にペンジョール(竹飾り)を掲げます。これもご先祖様が迷わないようにとの目印。
善が悪に打ち勝ったことを記念するガルンガン。お祭りのごちそうを作り、親戚やご近所で互いの家を訪問し合い、盛大にお祝いをします。
日本もお盆には家族・親戚が集まったものですが、みんなの顔が揃う機会も減ってきました。日本のよき風習ですから、ご両親や親戚にご無沙汰気味の方、お電話だけでもしみてはいかがでしょうか。お話しているうちに、自分の原点に帰った気がするかもしれませんよ。
さて、昨日「ふるさと納税」を考案されたベンチャーキャピタリストの村口和孝さん(日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表)とお会いする機会がありました。村口さんと言えば、DeNAなど名だたるベンチャー企業を上場させたことでも有名なキャピタリスト。ビジネス全開のオーラを想像していたのですが、アナログな面をたくさんお持ちの素敵な方でした。
徳島県の風光明媚な漁業の町のご出身。これといった産業もなく、若者たちは高校卒業と同時に都会へ。村口さんも御多分に洩れず高校卒業後、東京の大学に進学されました。人口ピラミッドは18歳を境にガクンと激減。高齢化で税収は細り、ますますさびれる悪循環。典型的な過疎の町の様相を呈していたそう。
「田舎のお父さん、お母さんたちは自分たちの消費を抑えてせっせと仕送りするわけですよ。でもね、そのお金が落ちる先は都会。就職した子供が働いて納めた税金も都会へ吸い取られていくばかり。結局、一生懸命に息子・娘を育て、すぐれた人材を世に輩出したにもかかわらず、その先行投資は結果は地方へはさっぱり返ってこないわけです」
そこで思いついたのが、地方出身者が税金の一部を出身地へ納め、そのお金を地方で創造的に使えるようにする「ふるさと納税」。日経の夕刊コラムにそんな提案を投稿したのが2006年のことだったそうです。
先行投資と回収といったキャピタリストらしい一面を見る一方で、「ふるさと」という和ことばにこめられた思いも感じました、家族や先祖を大切にし、美しい自然を尊ぶのは日本人の美徳ですよね。
村口さんにも忘れられないふるさとの情景があるそう。
「中学生の時に、水泳の練習からへとへとになって帰り、二階の勉強部屋から外を見たときに、ほとんど真っ暗な中、虫だけが鳴いていて。でも、じっとみているとうっすらとそこにモノとか植物の気配が感じられるんです。それを写生で描きたくなって、でも、うまく描けなくて。。あの絵にならない、圧倒的な存在感と空気感が凄く魅力的で、よく屋根に上がって、星空や周囲の山をずっと見ていたりしましたっけ」
誰の心の中にもこんな原風景がありますよね。それを何かの折にふと思い出し、つらい時にも頑張る力をもらえたりします。初めてバリ島を訪れたとき、懐かしい幼なじみに出会ったような気持ちになったのも、子供の頃の情景をバリ島の田園風景に重ね合わせたからかも知れません。そんなバリと日本の共通点をお話しすると、村口さん一言。
「日本人のルーツはバリにあるかもよ 笑」
村口説に一票投じたいと思います^o^
<お知らせ>
8/23(Sun) 第3回バリアートサロン「見れば見るほどおもしろいバリ島の風俗画」
バリ島の風習に触れながら、人々の生活を描いた風俗画の魅力をお伝えします。
注文制作の醍醐味
こんにちは、坂本澄子です。
暑いですね。猛暑の記録更新中の日本ですが、冬のバリ島は比較的過ごしやすく、大きなお祭りが終わった今、画家たちはみな制作に打ち込んでいます。
「バリアートショールーム」では、最近ご注文制作の比率が増えてきました。既にある作品を元にお部屋にあわせたサイズで制作したり、バリの風景に登場人物を入れて描いたりと、ご希望にあわせた作品作りのお手伝いをしています。今日はそんな現在進行中のお話を2つご紹介します。
注文制作はお高いというイメージがありませんか?画家が同じであれば、既製品とあまり変わらないのです。むしろ苦労のしがいがあるのは、お客様のあたまの中にぼんやりと存在する、まだ見ぬ作品イメージをどうご一緒に実現するかなんです。
サイズを変えるだけなら簡単と思われるかも知れませんが、これが意外に難しいのです。
ウィラナタさんに60cmx80cmの『満月の夜に』(写真左)を30cmx50cmで描いてもらっています。面積としては約3分の1。そっくりそのまま縮小すると細かくなりすぎて、見る人が自由にイメージを膨らませる余白的な部分が損なわれてしまいます。やはり、サイズにあった別の絵にする必要があるのです。
そこで、お客様がこの作品のどこを気に入っておられるのかを伺い、「空にかかる月と水に映った2つの月、そして、月の光とは対照的な暖かみのあるもう一つの光」という設定だけは変えず、後は自由にお願いしました。先日、途中経過の写真が送られてきましたが、幻想的な雰囲気はそのままに、元の作品とはまた違ったとても素敵な作品になりそうです。
元になる作品がなく「こんな感じで…」と、ご依頼を受けることもあります。ソキさんの特別企画をご覧になったお客様から、「じゃあ、こんなのは」と、ソキさんの描くバリの風景と「あるもの」を融合できないかとのご相談を受けました。最初は私自身もイメージがわかず、とにかくご希望をお聞きしながら、ラフスケッチを描かせていただきました。(絵をやっていてよかった^o^;)
結局、3回描き直しましたが、完成形をお客様としっかり共有でき、ソキさんにも具体的なイメージを持ってもらえました。後は画家を信頼して任せるのみ。「あるもの」とは空想上の生き物。もちろんソキさんも私も見たことがありません。それをどうソキワールドと融合できるのか、正直ドキドキしましたが、さすがバリの巨匠。ソキさんらしいアレンジで、エネルギーに溢れた作品になりそうです。
注文制作の醍醐味は、画家とお客様を繋いでの共同作業の中で、ドキドキ、ワクワクを共有できることにあります。そして、できあがった作品は画家があなたのために描いてくれた世界でただひとつのアート。もちろんあなたご自身を絵に入れてもらうこともできます。記念日にもぴったり。注文制作のお問い合わせはこちらからどうぞ。
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ソキ特別企画 ご好評につき継続中
第3回「バリアートサロン」は風俗画
こんにちは、坂本澄子です。毎日暑いですね〜。
朝、日の出と共に暑さで目が覚め、起きて絵を描くというかなり健康的な生活を送っています。今描いているのはバリをテーマにしたちょっとシュールな作品。仕事から疲れて帰ってソファでうたた寝していると、背後に飾られた大きなバリの風景が夢の中に侵入。やがて現実と夢の境目がなくなる不思議な感じを描いています。完成したら、また見てくださいね。
さて、毎回異なるテーマで作品を選び、作品を鑑賞しながら題材にまつわるお話をさせていただく1時間のトークイベント「バリアートサロン」、第3回となる8月はバリ島の風俗画を取り上げます。
古来バリ島では、芸術・芸能は天界と人間界を繋ぐものとして位置付けられ、絵画ではもっぱら神話の場面が描かれていました。
1920年代になり「最後の楽園」ともてはやされたバリ島へ続々とやってきた西洋人は、絵画の技法のみならず、芸術に対するマインドの点でもバリの画家たちに大きな影響をもたらしました。その結果、制作の題材として民衆の生活そのものに目が向けられるようになり、バリ独特の世界観や文化・風習が描かれるようになったのです。
今回はバリの農村を舞台に信仰と人々の生活を描く女流作家アリミニ、明るいエネルギーあふれる色彩で祭礼の島バリを描くソキ、ロンドなどの作品を展示し、伝統的なバリの暮らしをご紹介します。
絵画に描かれた題材の意味や背景がわかると、もっともっとバリ絵画を楽しんでいただけますよ。ぜひご一緒に学んでみませんか?
第3回『見れば見るほどおもしろいバリ島の風俗画』 開催要領
日 時:8月23日(日) 11:00-12:00
場 所: バリアートショールーム 「有明ショールーム」
東京都江東区有明1丁目2−11
ゆりかもめ「有明テニスの森」駅 徒歩7分
りんかい線「国際展示場」駅 徒歩16分
都バス都05系統「かえつ有明中高前」バス停より徒歩1分
「バリアートサロン」は事前申し込み制です。定員6名に達し次第、締め切りとさせていただきますので、こちらの申込みフォームよりお早めにお申し込みくださいませ。
夏恒例! 阿佐ヶ谷バリ舞踊祭
こんにちは、坂本澄子です。
今年もやってきました、阿佐ヶ谷バリ舞踊祭。昨年もこのブログでご紹介したので、覚えてくださっている方もおられるかも知れませんが、阿佐ヶ谷の七夕祭りにあわせて、神社の能楽堂を舞台に行われる2日間の舞踊祭です。毎年100名を超える国内有数のバリ舞踊家やガムラン奏者が一同に会し、バリの伝統舞踊から現代の創作舞踊まで様々な種類の演目を楽しめます。今年で14回目。
大きな樹々に囲まれた広い境内には時折心地よい風が吹き、昼間のうだるような暑さがすっと引いていきます。境内にチャナンを供えて回る踊り手の皆さんの姿。バリ舞踊が天界と人間界をつなぐ神聖なものであることを思い出させてくれます。毎年、この場所を提供してくださっている阿佐ヶ谷神明宮の神主さんも相通じるものを感じられたと伺いました。
初日は9つのプログラムが披露され、いつもながらバリ舞踊の幅広さと奥深さに魅了されました。中でも特に素晴らしかったのが、第2部の『クビャール”光”〜日輪の女神、天の岩戸幻想〜タルナ・ジャヤ』です。阿佐ヶ谷神明宮への奉納舞踊として演じられたもので、ここに祀られている天照大神の『岩度隠れ』伝説を取り入れた創作舞踊と伝統舞踊を組み合わせた珍しい演目。
私たちにも馴染みのあるストーリー展開の中、ガムラン隊の素晴らしい演奏、14名の踊り手それぞれの役に応じた迫力のある踊り、そして、工夫を凝らした衣装…と、見所満載。ラストに天照大神が舞うバリ伝統舞踊『タルナ・ジャヤ(若き勝利者の舞)』は圧巻でした。私は舞踊はまったくのド素人ですが、その見事さにただただ引き込まれます。会場も静まり返り、その一挙手一投足を追っていました。
そこで、写真とともにその内容をご紹介したいと思います。動きについていけず、ピントが合っていないものもありますが、雰囲気だけでも感じていただければ幸いです。
天照大神(アマテラスオオミカミ)は 、古事記によると、弟神、須佐之男命(スサノオノミコト)の暴挙に困って天の岩戸にお隠れになり、世界は闇に沈みました。
写真は、須佐之男命の乱暴ぶりをあらわす激しい舞。手前はそれに合わせて楽器をうちならすガムラン隊。
ちなみに、須佐之男命は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したことでも有名ですね。
(左写真)松の前で向こうを向いて座っているのが、岩戸にお隠れになった天照大神。その手前で舞っているのが、「困った、どうしよう」と知恵をしぼる八百万の神々の姿です。
そこに現れたのが天宇受売命(アメノウズメ)。岩戸の前で楽しそうな舞を披露し、その姿を見た神々は大笑い。天照大神は「外は真っ暗闇のはずなのに一体どうしたのだろう」と訝しく思い、岩戸をほんの少しだけ開けます。
そこをすかさず、怪力の天手力男神(タメノダジカラオ)がグイと引っ張り出し、再び光と喜びに満ちた世界が戻ってきました。
ラストの「タルナ・ジャヤ」は、「成功を勝ち取り、大人の世界に足を踏み入れた」若者の自信に満ちた気持ちを表現した踊り。もとは2人で踊るものだったそうですが、ダイナミックな動きが多くふたりの動きを合わせるのが難しいこともあり、最近では単独で踊ることが多いそう。
踊り手の力量が要求される踊りだと思いますが、本当に素晴らしかったです!
この阿佐ヶ谷バリ舞踊祭は入場無料。出演者はもちろん、運営を行うスタッフの方々も含めてすべてボランティアによって成り立っています。踊りを習うためバリの先生のもとに通い、衣装を揃えられるだけでも経済的には相当な負担のはずですが、バリに惹かれた人にお会いするたび、その分野は何であれ「この魅力を伝えたい」という強いエネルギーのようなものを感じます。
今日も8月2日(日)17時開演。昨日とは違うプログラムが楽しめます。インドネシア料理やビール、雑貨を販売する屋台もありますので、ぜひ行ってみてはいかがでしょうか。
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パウル・クレーの絵の面白さ
こんにちは、坂本澄子です。
先日、宇都宮美術館に『パウル・クレー だれにもないしょ』展を見に行ってきました。宇都宮美術館と言えば、マグリット(美術の教科書でもおなじみの「大家族」も所蔵)、シャガール、カンディンスキー、クレーなど、20世紀を代表する巨匠たちの作品を中心に約6500点もの充実したコレクションを持ち、前から気になっていた美術館でした。
実は私自身、クレーにはちょっとした思い入れがあります。抽象と具象の間にあるミステリアスな雰囲気に憧れて、何点も模写した時期があります。暗号のように作品にしのばせられた記号、不思議な形をした物体など、「これは何なのかしらん」と考えているうちに、いつの間にかクレーの世界にはまりこんでいました。
今回の展示は様々な工夫を凝らしながら、そのミステリアスな魅力を解明してくれています。
クレーはキャンバスの裏側に別の絵を描いていたり、もとは大きな一枚の絵だったものを切断して複数の作品に仕上げたりと、おもしろい制作をしています。会場では、壁の両側から2つの作品を鑑賞できたり、もとの大きな作品の全体が見れたりと、謎解きのヒントが与えられます。
例えば、こんな展示がありました。町と人物を描いた一見穏やかな風景なのですが(左写真:『窓辺の少女』、切り取られた作品を並べてみると、その視線の先には女性の死体が横たわり、あたり一面に第一次世界大戦直後の荒涼たる風景が広がっています。
ところで、前回のブログでバリ絵画の価格についてご紹介しましたが、この点においても、クレーはとてもユニーク。ギャラリーとの契約を解除して以降、クレーは作品価値を自らコントロールし、作品一点一点に「価格ランク」をつけました。通常、絵の値段は作家ごとに号あたりの金額がだいたい決まっており、号単価50,000円の作家の場合、10号(長辺53cm)の作品だと500,000円が目安となります。が、クレーの場合は作品に対する自己評価で価格設定され、最高ランクである「特別クラス」は売らずに手元で大切に保管されていました。
こんなふうに制作の背景がわかると、新たな視点を持って作品に向き合うことができます。都内からですと少し距離がありますが、里山に囲まれた美しい公園が美術館までのアプローチを楽しませてくれます。そして、レストランもなかなか。窓の外を見ながらのランチは、まるで森の中にいるみたいです。この企画展は9月6日まで。ドライブがてらいかがですか。
バリ絵画も描かれた題材や背景がわかると、何倍も楽しめます。という趣旨で毎月開催している「バリアートサロン」、次回は8月23日(日) です。バリ島の暮らしを描いた風俗画をご紹介しますので、詳しいご案内はこちらをどうぞ。
<関連ページ>
第3回バリアートサロン「見れば見るほどおもしろいバリ島の風俗画」開催ご案内
宇都宮美術館 『パウル・クレー だれにもないしょ』展 公式サイト
絵の値段はこうして決まる
こんにちは、坂本澄子です。
郊外に出掛けてきました。新宿から電車で約一時間、その後、バスに20分揺られ、歩くこと25分。猛暑の坂道はツラかったですが、冷たい渓流の側でのBBQは気持ちよかったですよ。
さて、今日は絵の値段についてです。バリ島七不思議のひとつとも言われるバリ絵画のお値段。交渉しているうちに、半額以下になったなんてよくある話ですよね。
一般的に絵の値段は画家のランクとサイズによって決まりますが、バリ島では作家とギャラリーの関係や流通の仕組みが欧米や日本のように確立されていないため、画家の多くは自分で価格を決めて売っています。そのため、よく言えばかなり柔軟で、交渉によってはやった〜と思う金額が出てきたりするわけです。果たしてそれは本当にお買い得だったのか。
バリ島の画家にはピンからキリまでざっくりわけて3つの層があります。
①いわゆる著名作家。バリの伝統画家名鑑「BALI BRAVO」が参考になります。
彼らには大手ギャラリーがついていて、サイズごとの販売価格はほぼ決まっています。また、絵画オークションなどの二次流通価格も目安があります。人気作家になるほど価格交渉は難しく、アトリエに行っても在庫はほとんどありません。
②実力作家。①に次ぐ層として、現地である程度名前を知られており、ガイドが観光客を連れてきてくれたりと、お客を呼び込む力があります。自宅の一角をギャラリーにして作品を販売している他、ホテルでの展示販売や企画展にも声がかかります。販売価格は画家自身が決めますが、交渉によって大きく下がることはあまりありません。
③大多数を占めるのが、その他大勢の画家たちです。画業だけでは生活できないので、ガイドなど副業をしながら絵を描いている人もいます。地元の観光客相手のギャラリーや②の画家のところに作品を置かせてもらい、価格はある程度お任せで販売を委託しています。
バリ島に観光に行って七不思議が起こる多くは、③の画家の作品でしょう。しかし、バリ絵画のすごいところは、店の裏でオバちゃんたちが流れ作業で量産しているお土産物の絵は論外としても、③の底のレベルが高いことです。特に技術的な面では間違いなくそう言えると思います。
7月18日のブログでもお伝えしたように、神様へのささげものとして神話をモチーフとして描くことから始まったバリの伝統絵画は、徒弟制度の中で師の描いたものを寸分違わず再現する、いわば職人技として受け継がれてきました。ウブドの画家の多くは父親、叔父といった身近な人から絵の手ほどきを受けた人が多く、技術的な面での伝承は、今もこの形態が広く残っています。そのため、ある決まった題材を上手に描ける画家が多いのです。
一方、絵を描く能力にはこういった技術的な面の他に、絵作りというもう一つ別の側面があります。後者が画家としてのオリジナリティであり、絵の魅力にも大きく影響してきます。今このブログを読んで下さっている皆様がいつか絵を購入される際には、この2つの面を兼ね備えた作品をと思っておられることでしょう。そうなると、①、②からしっかりと作家を選ぶ必要があり、それが私がこの仕事を始めたきっかけでもあります。
「バリアートショールーム」は①の著名作家(「美術館に選ばれた作家たち」)と②の実力作家のなかからこれだと思った画家の作品(「気軽に飾れるバリアート」)を選んでお届けしています。どうか安心してご利用くださいませ。
<お知らせ>
第3回バリアートサロン「見れば見るほどおもしろいバリ島の風俗画」を8月23日(日)に開催します。詳しくはこちらをご覧ください。
夏が来ると思い出す情景
こんにちは、坂本澄子です。
暑中お見舞い申し上げます。梅雨が開け、いよいよ夏本番を迎えました。南半球にあるバリ島はいまは冬。ウブドでは朝晩気温が20℃前後まで下がると、友人からメールがありました。先週のガルンガンの後も小さなお祭りが続き、バリの人たちはみな忙しくしているそうです。
さて、夏が来ると思い出す情景ってありませんか。
私にもあります。確か、小学校3年生だったと思います、遠い親戚のおばあちゃんのうちに行ったときのこと。そこは広島県北部にある山あいの町で、青い田圃がどこまでも続き、隣の家はと言えば、何百mも歩いていくようなところでした。土間には牛が1頭、裏庭にはニワトリ。毎朝卵を取りに行くのが私の仕事になりました。湧き水で顔を洗うと、冷たい水にシャキッと目が覚めたものです。
ある夜、蛍を見に連れていってもらいました。街灯もまばらで、たよりは足元を照らす懐中電灯と月明かりだけ。闇の中を進むと、やがて、あちらに一匹、こちらにも一匹とほのかな光が。まるで呼吸をしているように、時々ふっと明るさを増します。
「懐中電灯を消して」
あたりはまた闇に包まれました。虫の鳴く声に混じって田圃を流れる水の音。稲の青い匂いと足元にやわらかい草を感じながら、蛍の光を追っていました。
この作品を初めて見た時、そんな子供の頃の情景が鮮やかに甦ってきました。
『満月の夜に』は、画家のウィラナタが子供の頃の記憶を紡ぎ合わせて描いた作品です。4000km離れた南洋の島で、同じように心の風景を持つ画家と出会えたことに感激しました。60x80cmの大きさは、窓から外の風景を見ているような臨場感があります。ウブドの田圃で見る蛍は見過ごしてしまいそうなほどの小さな光ですが、バリにいて日本を思い出す瞬間でした。
みなさまも、この夏素敵な思い出をたくさん作ってくださいね。
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バリ絵画のオリジナリティ
こんにちは、坂本澄子です。
今日は第2回バリアートサロンを開催しました。今回のお題はシュピース。バリ絵画のみならず芸術全般において、最も大きな影響を与えた外国人のひとりです。その功績や作風の変化を追いながら、生誕120年の今なお、彼を慕う現代作家たちの作品を鑑賞しました。
また、お時間の許すお客様にお残りいただき、終了後に初めて懇親タイムを設けました。通日前にバリ島旅行から戻られたばかりのT様から写真を見せていただきながら、バリの魅了を語り合いました。
実は、この何年間か喉にかかった小骨のように感じていたことがありました。バリ絵画に作家のオリジナリティがあるかという疑問です。今回シュピースのことを調べる中でひとつの回答が得られ、改めて、バリ絵画の質の高さと魅力を感じたので、今日はそのお話を。
シュピースにはかわいがっていた弟子が2人いました。ソプラットとメレゲックといういずれもウブド王族の親戚筋の若者で、シュピースのアトリエに熱心に通っては、作品を模写していたそうです。ある日シュピースは言いました。
「君たちのスタイル(カマサン・スタイル)で風景でも人物でも自由に描いていいんだよ」
シュピースは2人が真似をすることで作品としてのオリジナリティが失われることを、さらには、バリで培われた伝統絵画のよさが失われることを危惧したのです。
これは、その当時のバリにおける芸術のあり方をよく表しています。
<バリ絵画はもともと個人主義でも、商業主義でもなかった>
バリの芸術は舞踊にせよ、音楽にせよ、絵画にせよ、いずれもみな「神様へのささげもの」であって、作家個人を表現するものではありませんでした。特に、西洋の影響を受ける前の古典絵画は神話を題材とし、若い画家たちは、徒弟制度の中で師の描いたものを克明に真似ることでその技術を継承していきました。画家は芸術家というよりはむしろ職人に近かったんですね。何を描くかは既に決まっており、線をいかに細く優雅に引くか、いかに細密に描き込むかといった技術的な面で、その完成度を競ったというわけです。
ガルーは奇しくも生誕100年の記念の年にドイツ留学を果たし、シュピースの原画を目にします。改めて彼の作品を研究すると共に、バリの大地から感じるインスピレーションや、平安、愛、喜びといった素直な気持ちを表現し、作品を次々と発表していきました。ウィラナタもバリの田園風景を描きつつ、そこに子供の頃の記憶を再構成、心象風景画としての側面が強い作品を発表しています。
シュピース自身もかつてアンリ・ルソーに傾倒し、1923年に都会の喧噪から逃れるように、当時東インド会社の東端にあったインドネシアにやってきました。熱帯のジャングルをモチーフに絵を描き、夢で見た光景やバリ島からインスパイアされたものを要素として盛り込んでいくことで、それはやがて「熱帯風景画」(シュピース・スタイル)というひとつの新しいジャンルへと発展していきます。
(左)『動物寓話』1928年
バリ島西部のジャングルを歩き制作した作品。バリに来てすぐの頃に描かれた。
現代のバリ絵画にはオリジナリティがあるというのが私の結論です。モダンアートのように尖った表現とは異なり、じんわりと心に染みて来る素朴なやさしさがあります。ただし、そのためには画家を選ばなければなりません。商業主義に走り、他人の作品を模倣して作られた作品が溢れる中から、本物を見極める目を養わなければならないのは、欧米も日本もバリも同じです。
さて、第3回バリアートサロンはバリの風俗画を取り上げます。西洋の影響によって、作品の対象は民衆の生活へと広がっていきます。 バリ独特の習慣や風習がわかるともっと楽しめますよ。詳しくは開催のご案内をご覧下さいませ。
<関連ページ>
ご希望のサイズで注文制作も可能です。人気作家のためお時間をいただきますが、作家が自分のために描いてくれた作品という魅力があります。ご相談はお問合せからどうぞ。
瀬戸内海の小島でアート三昧の旅③ 古い建物をアートに
こんにちは、坂本澄子です。
暑いですね〜。表を歩いていると溶けそうで、日陰を選んでジグザグ歩き(笑)
今日は「瀬戸内海の小島でアート三昧の旅」の最終回をお届けします。
これ、何だと思いますか? 島の多くの人が住む本村地区。そこで見かけたものです。
表札? 私も最初はそう思いました。でもね、なんだか名字らしくない。しばらく歩くとまたありました。デザインは同じですが、「わぁわ」「みせ」「よろず」…、刻まれた文字がそれぞれに異なっています。見つけるたびに写真を撮っていたら、結構集まりました。
ちょうどお昼時、立派な佇まいの古いお宅の一部がカフェに改造されていました。立派な門の横に「おおみやけ」と刻まれているのを見て、お昼はそこでいただくことにしました。蔵のような建物を改修た洒落た雰囲気のカフェ。ランチメニュ2種類はアジアンごはん。私はガパオをいただきました。
お勘定の時に、その表札みたいなものの正体について訊いてみました。
「これは屋号プロジェクトと言いまして…」
お店の方が教えてくださったところによると、島内には同じ名字が多く、昔から屋号で呼び合う習慣があるのだそう。「おおみやけ」は三宅姓です。
しばらく歩くと、あるお宅の壁にヒモで描いたこんな素敵なアートを見つけました。玄関の外に暖簾をかけたお宅もちらほら。道往く人を楽しませるちょっとした遊び心があちらにも、こちらにも。
「屋号プロジェクト」しかり、今では島民あげてアートの島へと変貌を遂げた「直島」ですが、建築家の安藤忠雄さんが初めて訪れた時、ほとんど禿げ山の状態。せっせと苗木を植え、緑を育み、プロジェクトが進行し、やがて島の南側に美術館ができました。それでも、島の人たちにとっては「島の南(住民の少ない地域)に美術館ができた」程度の印象しかなかったそうです。それが変わるきっかけとなったのが「家プロジェクト」。
過疎で空き家になった古い家を譲り受け改修して、空間そのものをアートに生まれ変わらせようという取り組みです。その第一号となった「角屋」は廃屋同然の建物がアーティストの宮島達男さんと島民125人の参加によって、新たな命を吹き込まれました。
土間部分に作られた「シー・オブ・タイム`98 」(写真)。水の中に125個のLEDカウンターが埋め込まれ、それぞれが違う速度で1から9までの数字を刻みます。とてもゆっくりなものから、目にもとまらぬ早さで動くものまで実にさまざま。このカウンターの設定は、下は5歳から上は95歳までの参加者に委ねられたものなんです。
この「家プロジェクト」によって一番元気になられたのがお年寄り。古いものが見直され、新たな価値を持って輝き出す姿を見て、自信を取り戻されたのでしょうね。それが古いものを見直そうという動きにつながっています。ゴミ一つない通りにも、そんな静かな自信と誇りが感じられます。
予告編+3回に渡っておおくりした「直島」旅紀行。いかがでしたか。バリ絵画ではありませんが、アートが人の心に働きかける力を信じ、 自然+建築空間+アートの共演で取り組んだ一大プロジェクト。その思いに共感を深めました。「アートは人の気持ちに働きかけ、こんなにも元気を与えてくれている」、町の空気からもそのことがじんじんと伝わってきた2日間でした。
<お知らせ>
第2回「バリアートサロン」。いよいよ今週土曜日7月18日開催です。
今回はバリ絵画にルネッサンスをもたらしたドイツ人画家シュピースと、彼の意志と作風を今日に引き継ぐ作家たちの熱帯幻想風景画を取り上げます。古いものを見直し、新たな価値を生み出したという点では「直島」と同じ熱い思いを感じます。詳しくはこちらをどうぞ。
瀬戸内海の小島でアート三昧の旅② グッと来た光景8選
こんにちは、坂本澄子です。
久し振りにおひさまが戻ってきてくれました。
今日もアート三昧の旅「直島」の続編をお届けします。前回は「地中美術館」を取り上げ、建築空間+アート+自然の関わり方をご紹介しましたが、今日は心にグっと来た光景をご紹介します。
直島には、「対比」することで感じ方を増幅させる様々な手法が用いられていると思いました。「光と闇の対比」と「自然と人工物の対比」。そして、もうひとつが「実在と描かれたものの対比」です。
前回のブログの最後に、地中美術館でモネを見た後、美術館を出たところで実際の睡蓮池に出くわしたことを書きましたが、これもひとつの例です。
まるでフラッシュバックのように、さっき見たモネの睡蓮が甦ってきます。
まだまだあります。
直島には作家がその場所に来て制作した「サイト・スペシフィック・ワーク」が数多くあります。バートレットのこの作品はもともと直島のために描かれたものではありませんが、 大きな窓から海岸線が見える位置に飾られることになり(写真上)、「だったら海岸にもボートを置いてみてはどうか」と画家自身が言い出したのだそう。その意味で、最初の「サイト・スペシフィック・ワーク」とも言えそうです。
私が一番いいなと思った作品は、本村(もとむら)地区にある護王神社です。古くから島民が暮らし、いまも古い家並みが残るこの町で、建物そのものをアートに生まれ変わらせた「家プロジェクト」。護王神社はそのひとつで、写真家の杉本博司さんの作品です。杉本さんは世界中の水平線をおさめた作品でも有名なのですが、以下、写真をご覧ください。
地下の石室には坂道を下って、細い通路を3、4mほど歩いて入ります。太っちょさんだとつかえてしまいそうな程の細い道の向こうは漆黒の闇…かと思いきや、ガラスの階段を伝わって入り込む外光によって石室はほのかに明るいのです。今通ってきた通路から海を上がって来られた神様が、ガラスの階段を昇り、地上のお社に入られる、そんな構造になっているのだなと思いました。
驚いたのはその後です。
再び細い沿道を通って外に出ようとしたとき、細く四角に切り取られた向こうに見えたもの。それは穏やかな瀬戸内の水平線でした。言葉で説明するのがもどかしいほど、「うわぁぁぁ」って感動。少しは伝わるでしょうか。
最後は、ベネッセミュージアムに併設されたホテルからの眺めをどうぞ。
自然+建築空間との共作によって創られるアート。滞在型のミュージアムとして、その空間そのものが見る人に色んな感情を呼び起こし、働きかけてくるのを感じた2日間でした。
東京に戻ると再び生活が始まりました。こうして、この文章を書きながらも、「あー、また行きたいなあ」。でも、生活感いっぱいの殺風景な部屋を見て、ため息まじりにぼやくか、お部屋にもアートな空間を作ってみようと思うかは、自分次第ですよね。まずは部屋を片付けてみました(笑)
第二回「バリアートサロン」1週間後に近づいてきました。直島で体験したことを私なりに展示に生かしてみたいと思っています。
今回ご紹介するのは、バリの田園風景を幻想的なタッチで描き出したドイツ人画家シュピースと、彼の影響を受けたバリの画家たちによる光の風景です。直島でも光が効果的に用いられていましたが、バリの光の風景も心にじわじわ染みて来るものがあります。バリ島の素朴な風景と東京ベイエリアの近未来的風景。その対比もご覧いただきたいと思います。詳しくは「バリアートサロン」のご案内をどうぞ。
<関連ページ>
第二回「バリアートサロン」開催のご案内 7月18日(土) 11:00-12:00