バリアートショールーム オーナーブログ
2016.2.20

新作情報:ウブドがウブドだった頃

こんにちは、坂本澄子です。

今日は、お世話になった元上司の古希のお祝いに、友人宅(多摩川を望む高台のテラスがとっても素敵なんです)でBBQパーティです。食材は持ち寄り、私は母に頼んで、広島から殻付きの牡蠣をたくさん送ってもらいました。あの頃、一緒に仕事をした仲間たちとあの頃の気持ちに戻れそうです。

さてさて、近年バリ島も開発の波が凄まじく、ウブドの風景も様変わりしていますね。メイン・ストリート沿いにはブティックやレストラン、カフェが軒を連ね、田園地帯には次々とヴィラが。無粋なのは、夜も煌々と明かりのついたコンビニのやたら多いこと。

以前、ウブドを訪れた人が、あの懐かしい風景を求めて再訪すると、少しがっかりさせられるかも知れません。日本が失ってしまったもの。ウブドに来ればまだあると思っていたものが、同じように失われつつある現実を目の当たりにします。

ジャワ島などインドネシアの他の島々と比べて、いろいろな意味でとても豊かなバリ。経済的に豊かになることは決して悪いことではないけれど、バリの人たち自身はどう思っているのだろう。そんなことを考えていたら、久しぶりにウィラナタから連絡があり、新作を見せてもらいました。

4000kmを超えて私の思いがテレパシーで通じたのか(笑)、タイトルはなんと『Spirit of Bali – days gone by 』。さしずめ『バリがバリだった頃』でしょうか。1990年代、まだウブドらしさが残っていた頃の生活を思い出しながら描いたというのが作家の弁。

「ん?何だかいつもと少し違う」すぐにそう感じました。明るい黄緑のせいでしょうか?

『Spirit of Bali - days gone by』

『Spirit of Bali – days gone by』油彩/キャンバス 70x120cm

「光の感じと構図を変えてみたんだ」

なるほどと思いました。柔らかな木漏れ日が草の斜面を転がりながら描き出す模様。ピンと張り詰めるような神々しさが特徴のウィラナタ作品ですが、この絵にはむしろ温かさを感じます。

過ぎ去った時を思い出すとき、きっと彼の心の中を穏やかな風が吹き抜けていったのでしょう。いかにバリを愛し、失われつつある風景をここに留めようとしているか。言葉少ない彼に代わって、この作品が雄弁に物語っているように感じました。

この作品のお問い合わせはこちらからどうぞ。

<関連ページ>

ウィラナタ作品ページ

 

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2016.2.17

「いま」をともに生きる、現代アーティストたち

こんにちは、坂本澄子です。

現代アートはちょっとね…という方も少なくありませんが、私は機会を見つけては見に行くようにしています。ただまっ白なだけの作品だとさすがにお手上げ〜ですが、先日見た「村上隆の五百羅漢図展」はかなりグッときました。

会場は六本木ヒルズにある森美術館。自由な発想や展示で定評のある美術館で、前衛的な作品の展示も含めて、他にはない大胆さやユニークさを感じることもしばしば。今回も写真・録画OK。どんどんシェアしてくださいというわけです。実際に見た人からのポジティブなコメントほど人を動かすものはありませんものね。

展覧会のメイン作品『五百羅漢図』は2012年にカタールで発表され、日本では今回が初公開。白虎、青龍、朱雀、玄武という中国の四神をそれぞれモチーフにした4点から構成される作品の全長はなんと100メートルという大作です。

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『白虎』この左側にもまだまだ続きます

アニメの背景画を描くアーティストになりたかったという村上さん。絵巻物の火炎表現やアニメーションの爆発シーンなどを参考にしたという、写真の『白虎』の背景は赤という強い色使いもあり、4つの中で特に印象に残りました。

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『朱雀』(部分)

実際の作品を前にすると、その大きさに圧倒されるだけでなく、作品全体を貫く大きなうねりのような躍動感がズドーンときます。

スケール感だけでなく細部もおもしろく、例えば、羅漢の着物の色や模様がそれぞれ異なるのはもちろん、キャラクターの違いまで500体ちゃんと描き分けられています。握り飯を握るこの羅漢さん(写真)を見たら、モーレツにお腹が空いちゃいました。時間を忘れて3時間近くも会場にいたのですから。「あー、お腹すいた〜、でも、まだ出るのが勿体ない」そんな葛藤です。

 

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これが指示書。やり直しを指示する厳しいコメントが。

この大作に取り組むにあたり、村上さんは美大生を中心にスカウトキャラバンを行い、チームを編成。総勢200名が24時間シフトで制作にあたったそうです。

作品の中心となる羅漢は800点もの下絵を描いた後、そこから500点を選び、さらにそれぞれをブラッシュアップするというこだわり。

スタッフに出す作業指示書も膨大な量にのぼり、仕上がりに妥協を許さない厳しい制作現場のリアルな様子が紹介されていました。

 

ちょうど今読んでいる原田マハさんの『ロマンシエ』(この本を読んでいる理由は2月10日のブログをどうぞ)に、現代アートのすばらしさを登場人物が次のように語る場面がありました。

「ピカソもマティスもシャガールも、そりゃあ素晴らしい。だけど、彼らの創ったものに感動して、その気持ちを直接伝えたいと思っても、彼らはもういない。だけど、今を生きているアーティストは違う。もしも彼らにメールを送ったとしたら……『感動しました』って伝えたとしたら、ひょっとすると、返事が来るかも知れないんだ。『ありがとう』ってね」

同じ時代、同じ時間、同じ瞬間。「いま」を、ともに生きているアーティストたち。そんなワクワクした気持ちが味わえる展覧会です。

ところで、バリアートショールームで扱うバリ絵画も、その意味でまさに現代アートです。幻想的な光の風景で世界中にファンを持つウィラナタ(Wiranata)も、「今を生きるアーティスト」。つい先日も連絡をもらいました。バリ島ではちょうどガルンガンからクンニガンに続く一連の祭祀の真っ最中。かなり忙しかったはずなのにと思い、嬉しかったです。次回はそんなウィラナタの最新作をご紹介します。

<関連ページ>

「村上隆の五百羅漢図展」 3月6日まで。22時まで開いてるのも嬉しい。

Wiranata 30x50 6ウィラナタ作品ページ 最近はこんな格好ですが(だんだん若くなっている?!)、彼の描き出す作品は相変わらずとても繊細

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2016.2.13

ハンサムでチャーミングな女性たちへ

こんにちは、坂本澄子です。

寒い寒いと思っていましたが、ふと気がつくと夕方になっても「あら、まだこんなに明るい」と驚かされます。今日はかなり気温が上がり、思わずコートを脱ぎたくなったほど。春の訪れももうすぐですね。

さて、先日テレビを見ていたら、久しぶりに中村江里子さん。フランス人と結婚し、パリで活躍中です。ファーのついたマスタード色のコートが、きりりとした顔立ちにとてもよく似合っていました。彼女がナビゲーターとして紹介していたのが、ブルガリのローマ本店。

もともとは銀細工のお店で、一点物の高級ジュエリーを扱うようになったのは1920年代から。その名を世界に轟かせたのは、エリザベス・テイラーによるところが大きいと言います。そのため本店にはエリザベス専用の部屋が設けられ、当時つきあっていた恋人とそこで頻繁に逢い引きをしていたのだとか。裏口に抜ける秘密の出入り口まである徹底ぶりです。その恋人に贈られたという、大粒のエメラルドが燦々と輝くネックレスは、お値段なんと4億7千万円。

スクリーンショット 2016-02-14 0.24.26はああ〜、こりゃ別世界だわ、とため息をついていると、ブルガリのデザインにはローマの街の風景からヒントを得たものも多いと聞き、俄然興味が湧きました。

たとえば、幾何学模様がシャープで知的なパレンテシですが、これはローマ市内にある歩道の敷石のつなぎ目の形からイメージしたもの。また、イチョウ型のデザインが特徴のディーヴァは、古代ローマのカラカラ浴場の床のタイル(写真)からヒントを得たのだそうです。

自身もブルガリのファンという江里子さん、ディーヴァの最新作のネックレスを試着させてもらい、頬を上気させながら語った言葉がとても印象的でした。

「娘、そして孫、さらに…と『おばあちゃんが頑張って仕事して買ったのよ』って、大切に受け継いでいきたいものですね」

いまやジュエリーは、男性からプレゼントしてもらうものから、ガンバって仕事をして自分で買うものへと、時代は変わりつつありますね。これってとてもいいことだと思います。

最後の仕上げをするガルー

そんなハンサムな女性たちに、一点また一点と頑張った数だけコレクションとしておすすめしたいのが、女流作家ガルーの小品。女性ならではのやわらかな視点が、静謐な光の風景に溢れています。

時間があるとご主人のバイクに二人乗りして、お気に入りの場所へと出かけるのが彼女の習慣。そんな記憶の引き出しから様々な風景を取り出し、頭の中で作品の構図を組み立てるのが最高に楽しい時間なのだそう。これはジュエリーのデザイン作りに似ていますね。

そんなふうに描かれた作品がこちら。

左: 『花を探して』 Galuh アクリル画,  右: 『椰子の実の収穫』Galuh アクリル画

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いずれも23cmx31cmの小さな作品で、額縁を揃えて飾っていけば、統一感のあるインテリアにもなりますし、何よりこの静かな風景が穏やかな気持ちにしてくれます。

バリバリ仕事をしながら、細やかな心遣いや優しい笑顔を見せられるチャーミングな女性が増えると、日本はもっともっと素敵な国になるんじゃないかしら。

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ガルー作品ページ

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2016.2.10

リトグラフ vs 肉筆画

こんにちは、坂本澄子です。

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ギャラリーから東京駅丸の内改札が見える

先日、東京駅まで出たついでに、初めて「東京ステーションギャラリー」に入ってみました。駅舎が改装されてから、丸の内北口を通るたびに気になっていた場所です。

やっていたのは、企画展「パリ・リトグラフ工房idemから ー 現代アーティスト20人の叫びと囁き」。偶然入ったのですが、その日が最終日でした。

パリのモンパルナスにある「idem Paris」は、100年以上もの歴史を持つリトグラフ工房。深緑色の鉄製の扉を開けると、7、8mの天井高の小型体育館のような場所に、年代もののプレス印刷機が重い音を立て、棚にはナンバリングされた大小様々なサイズの石版がずらり、壁にはここで制作された版画やポスターがところ狭しと飾られています。ちなみに、プリントインクや薬品を落として石版は再利用されます。

かつてはピカソやシャガールも制作を行ったこの工房で、ひょっとすると彼らと同じ石版が使いながら、20人の現代アーティストたちが職人と協働で作り上げたリトグラフ作品、120点が展示されていました。

ところで、リトグラフには大きく分けて二種類があるのをご存知ですか?ひとつは複製として版画を作るケース。もうひとつは最初からリトグラフという技法を用いて制作を行うケースです。作品価値が高いのはもちろん後者で、今回展示されていたのもそんな作品ばかり。

日本では一点物よりも、リトグラフやシルクスクリーンなどの版画作品を購入する人の方が圧倒的に多いですし、「バリアートショールーム」の展示会を見に来られるお客様にも、「ガルーさんの作品をリトグラフにする予定はないの」と訊かれることもあります。いままで素通りしてしまっていたリトグラフの魅力に、今日こそ気づくことができるかも知れない、なんて期待もあったのですが…。

スクリーンショット 2014-12-17 8.13.19やっぱりなんだかピンと来なかったのですよ。モダンアート作品としての、メッセージ性だったり、作家の世界観みたいなものには興味を持ちましたよ。でも、じゃあ、ガルーさんの絵をリトグラフにするかと言われたら、それはやはり違うと思ったのです。工房の卓越した職人技で、あの光の繊細さが再現できたとしても、画家が思いを込めながら時間をかけて筆を運んだ作品そのものとは明らかに違います。

なぜリトグラフなのか。価格的な理由が大きいでしょう。嬉しいことに、バリ絵画は著名作家の一点ものでもちょっと頑張れば手が届く価格。ですから、これからも「世界でたった一枚の絵」にこだわっていきたいと思っています。

IMG_6782ところで、今回の展示会にはひとつ面白い試みがなされていました。『楽園のカンヴァス』の著者原田マハさんの最新作『ロマンシエ』とのリンクです。小説の中に登場するリトグラフ工房「idem」とその展覧会。これがリアルに実現したのが、今回私が見た展示というわけです。

Romancier。フランス語で「小説家」という名のこの作品、さっそく買っちゃいました。外見はイケメン、中身はまるきり乙女。アーティスト志望の主人公、美智之輔の軽快な語り口にぐいぐい引っ張られるように読んでいます。小説がどんなふうにリアルへと繋がっていくのか楽しみ!

<関連ページ>

ガルー作品ページ    この光の繊細さがリトグラフで表現できるでしょうか

東京ステーションギャラリー 100年前の赤煉瓦が残る素敵な美術館

リトグラフ工房 idem Paris    工房の様子がたくさんの写真とともに紹介されています

『ロマンシエ』原田マハ 

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2016.2.6

アタマとカラダのメンテナンスに

こんにちは、坂本澄子です。

最近、私の周囲には心身をよい状態に保ち、アタマをクリアにすることに並々ならぬ関心を持ち、努力している人たちが増えています。

ランニングを始めたと思ったら、いつの間にかフルマラソンを走ってしまう人も結構いて、そんな人に話を聞くと、走り出してしばらくした頃からどんどん体調がよくなり、マラソンに出ることで新たな目標もできて、とても充実していると言います。また、脳の活性化のために、ココナッツオイル入りのコーヒーだけを朝食に毎日続けている人もいます。

確かに、この年代になると、体力や脳力ともに衰えたな〜って感じる瞬間、ありますよね。

ケン実は先日、原っぱに着いたとたんにケン(フレンチ・ブルドッグ14㎏)が猛走、ついて行けずにハデに転倒しちゃいました。顎を擦りむいてトホホな気分。それから、話している時に固有名詞の出てこないことと言ったら…嗚呼、もどかしい^o^; 

カラダとアタマにいいことは、人それぞれにやり方があると思いますが、基本的にはカラダとココロが欲するものをよく味わって食べ、一緒にいて心地いい人との時間を大切にし、ワクワクすることを楽しんでいれば、心も身体も脳もイキイキするのではないかと、思っています。

私の場合、走るのは気が重いですが、ケンとの散歩はとてもいい影響を与えてくれています。雨が降らなければ、毎日1時間以上、街を探検するように歩いています。初めての道はもちろん、いつもの道にも何かしら新しい発見があり、それが絵を描く上でもヒントを与えてくれることがあります。

ワクワクするための選択肢は色々あります。旅に出る。絵を鑑賞する。映画をみる。読書する。美味しいものを食べる。オシャレしてショッピングに出かける。ドライブする…などなど、欲張りな私はあれもこれもと。。絵が他のものとはちょっと違うと思うのは、他のものがその時で終わってしまうのに対して(もちろん思い出は残ります)、何度でもいい気分が味わえ、新しい発見があるということです。

そんな絵をアタマとカラダのメンテナンスのアイテムに加えてみませんか?あなたの大切なワンちゃん、ネコちゃんを絵にすることもできますよ。

<関連ページ>

気軽に飾れるバリアート お求めやすい価格帯の作品

バリ島の美術館に選ばれた作家たち 長く愉しめるいい作品なら

 

 

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2016.2.3

バリの音と風景画

こんにちは、坂本澄子です。

昨日、JALの機内誌「JAL SKYWARD」の2月号が届きました。前座席のポケットに入っているので、愛読されている方も多いのでは。かく言う私も毎号楽しみにしている雑誌のひとつ。丹念な取材を通じて、その土地の風物や人々の素顔が紹介される旅の記事は、いつも旅情を誘います。

その「SKYWARD」にバリ島が紹介されていました。「音、降る島へ」というタイトルの通り、ガムランの音色に関するお話をテーマに、バリ島の自然や暮らしが丁寧に紹介されており、既に知っていることであっても、的確かつ美しい言葉で綴られると、新たな共感を呼び起こします。

「深い森の中を歩いていると、ふと不思議な感覚にとらわれた。周囲を包み込む様々な音が、突如、整然としたリズムをもつひとつの音楽のように耳に響き始めたのだ」という冒頭の文から、「そう、そう!」と引き込まれ、7ページの特集を一気に読みました。そういえば、私も夜更かしして本を読みながら、風に揺れる椰子の葉擦れや川のせせらぎ、カエルやトッケイの鳴き声などとともに、時折交じるガムランの低い音色。そんな音を、まるで音楽のように感じたことがもありましたっけ。

gamelinへえ〜と思ったのは、楽隊を持つバンジャール(村の地域共同体)ごとにそれぞれ異なる音色があるということ。ガムランというのはご存知の通り、青銅と竹から作られる鍵盤打楽器によるオーケストラ。その歴史は紀元前に東南アジア一帯に興った青銅器文明・ドンソン文化にまで遡り、豊富な楽器の種類と編成によって、奏でる音色は随分変わってくるのだとか。

バリ島のガムランには「コテカン」と呼ばれる特有の入れ子構造のリズム技法があり、人によって楽器を叩くリズムを変えているのだそう。音の数とリズムの違いからくる音の粒ひとつひとつが、まるで「点描画のようにその場を埋め尽くす」というわけです。バリのガムランに感じる多重的な広がりはここから来ていたのかと納得。

ガルー「黄昏の静謐」絵にもそんな多重的、多次元的な広がりを感じることがあります。女流作家ガルー(Galuh)の描く幻想風景画はそんな不思議さを感じさせてくれる魅力に包まれています。目で見る風景の広がりに加えて、先ほどからの様々な音や土の匂い、足先にあたる柔らかい草の感触などが、まるでその場にいるかのような感覚を伴って迫ってきます。

PS005「私が感じたものを、絵を見る人にも感じてもらい、穏やかな気持ちになってもらえれば。そんなふうに考えて、いつも絵を描いています」と言ったガルーさん。バリの様々な音の中で、今も耳に残る彼女のやわらかな声が、一番心地よいかも知れません。

 

<関連ページ>

ガルー作品ページ 美人人気画家が描く幻想的な風景画

 

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2016.1.30

日本の狭い住宅事情には縦長の絵

こんにちは、坂本澄子です。

前回のブログでお話した台湾の故宮博物院、2階の絵画コーナーには水墨画が展示されていました。その多くは山水画で、手前にある人里から遠くの山並みへと続いていく壮大な風景が、墨の濃淡だけで描き出されているのがとても印象的でした。

山水画は下から上へ、近景→中景→遠景の3つに描き分けられているため、下から上へと視線を動かしていくと、近くから遠くへと、まるで絵の中を旅しているような感覚が味わえるとともに、距離だけでなく時の流れを感じることができるのだそうです。そう言われてみると、掛け軸もよく床の間の前に座って見上げるように鑑賞しますが、理にかなっているというわけですね。

バリ絵画でも、近くのものを下に、遠くを上に描くことで、遠近感を表現します。一昨年、ウィラナタのアトリエを訪ねたとき、畳ほどの長さの風景画が立てかけてありました。まだ、製作途中でざっくりと陰影をつけた段階だったのですが、それがかえって水墨画のような魅力を醸し出していました(youtubeで動画公開中)。ウィラナタが山水画を意識したかどうかはわかりませんが、彼の作品のファンは華僑の人たちにも多いのは、そんな共通点から来る懐かしさに惹かれるせいかも知れませんね。

彼のこれまでの作品をみると、ほとんどが注文製作のため様々な大きさの絵があります。きっと、注文主が飾る場所にあわせて趣向を凝らした結果なのでしょうね。今日はその中から山水画を思わせる縦長の風景画をご紹介します。下から上へ、絵の中を旅するようにご覧になってみてください。

『sawah di kaki bukit」山の麓の棚田の風景 Wiranata 2007年 (150x100cm)

スクリーンショット 2016-01-29 22.02.32見上げるような大作です。手前の近景には、2人の農夫がまだ薄暗い谷間の棚田で田植えをしています。やがて昇ってきた朝日が彼らの影を落とすと、水田の澄んだ水に映り込んだ景色が浮かびあがり、暑い1日が始まります。

中景には、差し込んだ朝日が椰子の葉と戯れています。右側に視線を移すと東屋があり、2人の子供が相撲のような遊びをする姿に、奥に座った老人がやさしい眼差しを向けています。

さらに遠くにも人がいるようです。右手に子供を抱え、頭の上で荷物を運ぶ働き者のバリの女性、男性は窯の手入れをしています。これから草刈りでしょうか。奥では牛が静かに出番を待っています。雲海を隔て、景色はさらに高い山々へと連なっています。のどかで、そして荘厳なバリの朝のひとときです。

 

「Turun ke sungai」川へ降りる道 Wiranata 2008年 (100x60cm)

side boardこちらも谷間の水田に朝日が差し込む風景を描いた作品。牛を連れて野良仕事へと道を下っていく農夫になったつもりであたりを見回してみると、川を流れる水の音など、実に多くのものが五感に迫ってきます。ノスタルジックな気持ちにさせてくれる色使いもいいですね。

(画像をクリックすると、作品の拡大写真へ)

手狭な日本の住宅事情でも、縦長のスペースならば意外に見つかるんじゃないでしょうか。玄関の吹き抜けや階段の踊り場のように、下から上へ見上げる場所もおすすめです。また、民芸調の家具や和テイストのローボードの上にも、バランスよく飾れます。(写真: 時代箪笥)その際、額縁を家具の色合いや素材に合わせるのがポイント、場に統一感が出ます。

一方、ご自宅を新築、改築された際には、1箇所でも絵を中心に空間設計をされると、求心力のある素敵なスペースが作れます。ご注文製作はそんなご要望にお応えします。絵を飾りたい場所の写真をお送りいただければ、無料でコーディネイトのご提案をします。お問い合わせはこちらからどうぞ。

<関連ページ>

Wiranata作品ページ バリ島の美術館で作品所蔵される人気アーティスト

バリ島の熱帯幻想風景画 早暁、夕暮れの光の幻想的な風景をお楽しみください

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2016.1.27

故宮博物院に行ってきました

こんにちは、坂本澄子です。

かれこれ30年前。明け方まで仕事、朝の便を寝過ごして、せっかくの台湾行きを逃した悔し〜い経験を持つ私。(ちなみに会社のコンベンションで上司から大目玉をくらいました)以来訪れる機会がなったのですが、この度ついに、「寒い日本を脱出して、おいしいものを食べて、悠久の歴史に触れよう」と意気揚々と羽田から飛び立ちました。

ところが、、着いた翌日から台湾は40年ぶりの大寒波。台北市内でもみぞれがちらつくほどの寒さに、「台湾って沖縄よりもさらに南じゃなかったっけ〜」 後から知ったのですが、沖縄でも雪が舞う寒さ、本来亜熱帯の一帯がすっぽりと寒気団に覆われたのですね。

今回の旅の目的は国立故宮博物院。79万点もの所蔵品を持つ、世界四大ミュージアムのひとつとあって、朝から大混雑です。7割が中国本土からの観光客で、銀座で見るたくましい彼らの姿はここでも健在でした。3階建ての広い建物ですが、12000点分のキャパの展示スペースは、書物を除いた約10万点をローテーションしているのだそう。全部見るには何年もかかります。

bronze ware故宮博物院で真っ先に思う浮かぶのは、やはり「翠玉白菜」ですよね。残念なことに、台湾南端にある別館でここ何ヶ月間か展示しているそうで、そこにはありませんでした。私ががっかりしたのを見かねたガイドの曾さんが「故宮博物院のナンバー1は実はこれなんです」と案内してくれたのが、青銅器の展示室にある「毛公鼎」と「宗周鐘」。いずれも西周晩期といいますから、今から3000年近く前に作られたものです。写真では小さく見えますが、「毛公鼎」は直径が47cmもある大鍋で、煮炊きをするのに使用されたものだそうです。

characters驚いたのは、そこに刻まれた500字の銘文。篆書体(てんしょたい)と呼ばれる漢字の前身を用いて、その時代の有力者の偉業が記録されています。3000年前と言えば、日本では石器のもりで動物たちを追いかけて狩りをした時代ですよ〜。同じ頃、既に階級社会が発達し、文字を持ち、政治が行われていたことを知る、重要な史料です。

ちなみに「翠玉白菜」は貸し出しても、この2点のお宝は門外不出だそう。

スクリーンショット 2016-01-27 23.02.05同じフロアで、清の乾隆帝のコレクションの展示をやっていました。貴重な材質、珍しい細工を施した作品の数々が並ぶ中、写真の象牙球「鏤彫象牙雲龍文套球」は超絶な工芸で、ひときわ目を引きました。

直径12cmの球体の内側にまた別の球があり、そのまた内側にも…というふうに、全部で24層の球体が重なり、どれも自在に回転するのです。もちろん後から重ねたのではなく、外側の球体から順番に彫り出して形作ったものいずれの層もレースのように美しい彫刻がほどこされ、一番外側には龍の姿がありました。貴婦人のように優美な全体像はこちらでどうぞ。

こうして台湾を訪れて思ったのは、中国本土を含めてすごい国だということ。そして、歴史の中で日本との接点が多いことを改めて感じました。漢字もそうですし、展示品の中には、これは日本にもあると思うものがいくつかありました。一方、日本の美術品の多くは、前々回のブログでご紹介した浮世絵のように、海を渡り日本を離れてしまっているのが残念です。経済や技術だけでなく、芸術面においても日本はもっと誇りを持っていいのではないでしょうかね。

お隣の国々との関係が転換期を迎える中、色々なことを考えさせられました。30年前ではなく、このタイミングで行けたことは意味があった、そう思える旅になりました。

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2016.1.23

絵は非日常への扉

こんにちは、坂本澄子です。

本物の(一点ものの肉筆画)絵のある、心豊かな暮らしをお届けしたくて、3年前にこの「バリアートショールーム」を立ち上げました。バリ絵画にこだわっているのは、特にこれから絵を持ちたいと考えておられる方にとって、よい選択肢だと思うからなのです。

しかし、絵を持つ目的はあくまでも、「感性を高め、豊かな時間を過ごすこと」ですから、このブログではバリ絵画に限らず、いろんなことを書かせていただいています。前回も浮世絵の話に「???」と思われた方も多いかも知れませんが、作品は何であれ、それをどう楽しむかという点では同じではないかと思っています。

そんな私がどんな人間かを知っていただきたくて、今日は私自身が描いた作品の中から気に入っているものをふたつご紹介したいと思います。どうぞおつきあいくださいませ。

*****

絵は30代半ばから描き始めました。週末に子供と一緒に何かしたいと思っていたところ、たまたま駅前で絵画教室のポスターを見つけました。それ以来、細く長いおつきあい。私にとっては絵を描くことは、非日常への扉のようなものなのです。身近に見たものを描きながらも、ちょっと別世界に行ってみたいという願望が現れているかも知れません。

『月夜のミモザ』(2010年パステル)

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ミモザは春先に黄色い小さな花を房のように咲かせます。大阪に住んでいた頃、駅から自宅まで続く急な坂道を、私はよく仕事のもやもやを抱えたまま帰っていました。

ちょうど中間点あたりにその樹はありました。息が上って中断した思考の隙間に、夜目にも鮮やかな色彩が飛び込んできました。私はしばらく呆然と満開の花を見ていました。花の向こうにはぽっかりと満月が浮かんでいました。孤独な気持ちにそっと寄り添うように、花と月の精が舞い降りてくるように感じました。

 

 

『虹色のバラ』(2014年ミクストメディア)

虹色の薔薇

友人が転職したときに、仲間うちでお祝いにプレゼントしたバラです。お礼代わりに送られてきた写真には、ワインボトルに飾られた姿が写っていました。「どうしてこんな色になるのだろう」と考えながら、いつまでも眺めていました。

そのうち、ガラスの中の小さな空間が、自分の内面の世界に重なりました。物理的にはちっぽけな空間ですが、無限に広がっていく小宇宙のように思えてきました。そこに咲く花はこんな色をしているかも知れません。

 

 

*****

冒頭に書かせていただいた、バリ絵画がよい選択肢である理由ですが、私は次のように考えています。

  1. 16世紀から受け次がれてきた伝統的技法が西洋技法と出会い、磨かれさらに進化、質の高い作品が多い
  2. 著名作家の作品でも手が届く価格で購入できる(物価水準の違いによるもの)
  3. 幅広いジャンルがあり、好みにあうテイストの作品が選べる

まずは「お求めやすい価格帯の作品」から、非日常への扉をあけるきっかけ作りはいかがでしょう。それとも最初からいいもの志向でいきますか?

<関連ページ>

気軽に飾れるバリアート ・・・お求めやすい価格帯の作品がずらり

バリ島の美術館に選ばれた作家たち ・・・バリ絵画を代表する著名作家の作品

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2016.1.20

コレクターの視点で見た浮世絵のおもしろさ

こんにちは、坂本澄子です。寒いですねー。先週までの暖かさにすっかり油断していました。お風邪などひかれませんよう気をつけてくださいね!

さて、先日上野の森美術館に『肉筆浮世絵 美の競艶』展を見に行ってきました。

日本美術蒐集家であり、シカゴ美術館の理事でもあるロジャー・ウェストン氏所蔵のコレクションから厳選された129点が紹介されています。それでも会場に収まりきらなかったようで、前期・後期に分けて展示されていました。(前期も行けばよかったと後悔しきり。。)

美人画に焦点をあてた作品構成は、当時の人々の生活がどのようなものだったかを窺い知ることができる興味深い内容。例えば、下記の2点(『時世粧百姿図』より。初代歌川豊国の作)はいずれも遊女たちの寛いだひとときを描いたものですが、官許の吉原(左)と品川(右)とでは随分雰囲気が違うんだなあと。

品川の遊女たちの逞しいこと。お客が残したワタリガニを手づかみで食べる三人組の豪快な食べっぷり。そして、はだけた浴衣姿で、あるものは三味線を弾き、あるものは窓際からぼーっと遠く海を眺めるといった具合に、苦界に暮らしつつもつかの間の休息を楽しむ様子が感じられます。

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当時のファッションもおもしろいです。着物の柄や色からその頃の流行が窺え、鮮やかな色と渋い色を組み合わせた粋な配色には描き手のセンスさえ感じました。また、人物の生き生きとした表情も面白く、一点ずつ丁寧に鑑賞していたら、あっという間に閉館時間。名残惜しく、会場を後にしました。

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先頭を歩く花魁の艶やかな姿に目を奪われますが、よく見ると後ろの女性たちの着物もなかなか味わい深いです

ウェストン氏は自分のギャラリーの静かな空間で、蒐集したこれらの作品を飽かず眺めながら、同じ絵師による複数の作品、同じ画流の異なる絵師、異なる画流の作品などを隣同士に並べては、顔、髪型、着物、落款などの違いを研究し、そこに描かれたものから背景にある、日本の文化・慣習などへと理解を深めていったそうです。バリ絵画もそうですが、風俗画には描かれた背景にある、その土地や時代の文化へと広がっていく楽しみがありますね。

今回展示されていたのは、量産可能な版画ではなく、大名や豪商などから注文を受けた絵師が高価な画材を使って腕を振るった一点物の肉筆画ばかり。見応えたっぷりのコレクションでしたが、ウェストン氏はいったいいくら投資したのでしょうね(笑

それぞれの国や地方に素晴らしい作品がありますが、私が特にバリ絵画を専門にご紹介しているのは、著名作家の作品でも手の届く価格であることに魅力を感じているからなのです。物価水準の違いから来るメリット。これは気軽に美術蒐集が楽しめるチャンスかも知れませんよ。

「どんな作品があるの?」と興味を持たれた方は、ぜひ「バリ島の美術館に選ばれた作家たち」をご覧になってみてください。

<関連ページ>

バリ島の美術館に選ばれた作家たち 美術館が作品所蔵する著名作家の新作が購入できます

バリ島の風俗画 バリ島の伝統的な暮らしを人気作家SOKIが描きます

細密画にもおもしろいものがいっぱい

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